35)決意

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35)決意

 7月、宮崎の夏は日差しが強い。東京に比べると、肌に刺すほどだったが、この日差しが蒼にとっては心地良かった。  朝10時の海応寺。  蒼はコンビニを目当てに探すと、お寺はすぐ見つかった。  向かう途中に何人かに見つかったが、蒼は会釈がてら笑顔で頭を下げて足早に目的の場所に向かった。  本堂前には茜、誠南、愛羽がいる。法要を済ませた後だった。誠南や愛羽は蒼の記憶より遥かに大人になっていた。誠南は勝気で堂々とした雰囲気が紫に似て、愛羽ははねっかえりだか穏やかな雰囲気が茜に似ている。 「蒼さん、来てくれてありがとう。昨日のライブ最高すぎた!俺たちはこれで帰るから」 「えっ?帰るって?」 「明日は月曜日だし仕事だから。あ、今日のライブはお母さんだけ行くから。頑張ってね!」 「じゃ、後はお母さんをよろしく!」  2人は気を利かせ、短い言葉を残し去って行った。  誠南や愛羽とも話をしたかったなぁ…いつかできるだろうか。蒼は笑いながら見送った。    蒼と茜の間に、しばらく沈黙が流れる。二人とも様々話したい事があるのに、言葉が出ない。  口火を切ったのは蒼だった。 「あの、紫さんの…」 「蒼くん、こっちに来て」  茜は寂しげに笑い、紫の眠る納骨堂に導く。  茜はしゃがんで、紫が眠る場所に話しかける。 「紫、今日は…蒼くんが来てくれたよ。今年の命日は、賑やかだね。蒼くんのステージ最高だった…紫も応援してたもんね」  茜は様々な感情がこみ上げ、涙が出た。蒼は思わず茜の肩を自然に後ろから抱く。  茜さんはずっと、悲しみと寂しさを抱えている…衝撃を受けた茜の辛さが背中越しに伝わる。 蒼も目頭が熱くなったそのときだった 「いつまでも何泣いてんだよ」  二人は聞き覚えのある声に驚き後ろを向くと、紫が腕組みをして立っていた。  茜は5年ぶりに見る、愛していた男の姿だ。 「紫…」 「茜、俺が死んでからどんだけ経ったと思ってんだよ?」  茜はうつむいた…一番辛いのは、突然未来を奪われ、心残りをたくさん残したまま天に召された紫なのに。あたしは何をやってたんだろう… 「蒼、来てくれてありがとうね」 「茜のことは、蒼に任せたら大丈夫やね」  紫は安心したように言ったが、少し寂しそうにも見えた。しかし、前に進まなければ始まらない。情にも流されてはいけない。 「紫さん、ありがとう…」  蒼は照れながら、紫を真っ直ぐに見つめた。その瞳には茜への愛と、一生をかけて護る強い意志が漲っていた。 「そいじゃ、俺は行くからな。もうお前らの前には現れないけど、お前らの幸せを見届けるから」  茜と紫は一瞬見つめ合った。茜の瞳には涙はない。これが二人の本当の永遠の別れの証だった。  納骨堂を出た蒼は、茜にこう告げた。 「明日夜9:00に、ROSEの跡地で待ってる。 良かったら」  蒼達が活躍していたROSEは、建物の老朽化により5年前に移転していた。しかし蒼は茜と初めて出会ったあの場所を待ち合わせの場所に選んだ。  茜は肯かず、蒼を見つめた。蒼もこれ以上は推さず、リハーサルに行くと伝えるとだけ茜と別れ、寺を出た。  蒼はツアー終了後、暫く宮崎で休暇を取る事にしていた。その中に、MOONの凱旋ライブも予定している。デビュー10年にして、初めての長い夏休みだ。勿論遊ぶだけでなく、自分が育った「ひむかの園」に行ったり、トレーニングしたり作品作りの取材もするわけだが、自分が育った宮崎をゆっくり旅したかったのだ。  サーフィンの目的もあるが、様々な青が織りなす海や、緑が奏でる山々をを五感で感じ、包まれるのが夢だったのだ。  悠斗やトミー以外のメンバーやスタッフは先に東京に帰り、蒼は暫く宮崎に滞在する事を選んだ。茜に会えるかわからない一か八かの感覚だった。  蒼は海応寺を出ると、2人の人物との待ち合わせの場所に急いだ。リハーサル迄の僅かな合間だが、何とか会う時間が確保できた。  1人はひむかの園の施設長、もう1人は小学校1年生のときの担任教師、甲斐だ。夏休み中ということもあり、容易に約束ができた。2人とも昨日のライブに来ており、昼ご飯の間はその話題でもちきりだった。  甲斐は蒼が虐待を受けていると疑いを持ち、常に気をかけ、決定的になるといち早く通報したことをきっかけに、叔父一家と縁を切る事ができた。ひむかの園に入った後は小学校を転校したが、甲斐の事は忘れる事なく、年賀状や手紙でやり取りをしていた。  甲斐はかねてから施設長に、蒼を引き取るようお願いしていた。倒れていた蒼を1人の米兵が見つけ、児童相談所に一旦保護した後、事情を説明しそのまま施設に連れて帰り引き取った。  蒼はこの2人に命を護られ、少年時代を支えられたと言っても過言ではない。昨日のライブも関係者として招待していた。  本当に、人との繋がりは大切だ…  人の繋がりは、命を守る事にもつながるんだ…  蒼は倒れた自分を助けてくれた元米兵の事も問い合わせ人物は判明したが、残念ながら彼は蒼のデビュー直後にこの世を去っていた事が判明した。まるで蒼が世に出るのを見届けるかのように。  元米兵の名前はリチャード。沖縄で米兵の役を終えた後宮崎に移住したのだ。彼は蒼のアマチュア時代、噂を聞きつけて「ROSE」でライブに何度か足を運び、蒼の歌声と成長に目を細めていたという。  蒼は2人に彼の墓地に案内された。日本に帰化し、日本に骨を埋める事を希望していたのだ。 「こんな俺を、助けてくださりありがとうございます。リチャードさんのお陰で、現在の俺があります…  そして、俺を応援して下さり、歌を聴いて下さり、感謝します…  これからも歌っていくので、どうか…天から見守ってくだされば嬉しいです…」  蒼は言葉にすると涙が出た。  宮崎の強い夏の日差しが、一瞬、優しい光になった。
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