04)地獄の中の陽だまり

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04)地獄の中の陽だまり

 蒼は翠の死後、家族がいなくなり、再び母方の親戚の家に引き取られた。  しかし待っていたのは、新しい家族の愛情に包まれた幸せな時間ではなく、壮絶ないじめだった。  家族は蒼を邪険に扱い、ご飯や衣服もお風呂もほとんど与えてもらえず、義理の両親や兄弟からも罵倒され続けた。  「お前邪魔だよ、どけ!」  「誰かさんが来たおかげで家が狭くなったよ」  それでも蒼は行くところがない。家族に馴染もうと、笑顔で挨拶し、迷惑をかけさせまいと頑張った。よく勉強し、成績を上げた。自分の衣服の洗濯、靴洗いも自分の手で行うが、洗濯機は使わせてくれない。仕方なく自分で手洗いし、絞って干していたが、ある日継母から 「勝手に水道使うな!水道も金がかかるんだ!お前に使わす金はない!」  洗濯していた服を顔面に投げつけられても、蒼は歯を食いしばって耐えた。  蒼は仕方なく、汚れた衣服で登校するしかなかった。お風呂も入らせて貰えず、公園の水道で衣服や体を洗う日々が続いた。夏はまだ良いが秋になると寒い。  蒼の担任教師・甲斐が異変に気づき、見かねて親戚の家を家庭訪問し、説得したり、清潔な服を蒼に預けたり、自宅でお風呂に入らせたりした。 「私に恥をかかせやがって!お前なんかはやく死ねばいいんだよ!」  甲斐が帰った後、継母は蒼を罵倒しその頬を強く打った。蒼は歯を食いしばった。  蒼は家の敷地内に離れがある事に気づいた。 義理の両親が留守中に覗くと、一人の高齢の女性が倒れていた。部屋の中は鼻をつく異臭がする。 「すみません…あの…」  高齢の女性は胸を押さえていて、その呼吸は苦しそうだった。 「これは?救急車!?」  蒼は側にあった電話を手に取り、急いで119番をかけた。  高齢の女性は無事に退院して、再び離れでの生活を始めた。  彼女は蒼の母親の実母、つまり蒼の実の祖母であった。名前は「サキ」という。  蒼が赤ん坊の頃は、蒼の自宅に来ていたはずなのだが、成長につれ来なくなった。  実はサキは脳梗塞と認知症を患い、継父と継母が世間体を気にして外出させていなかった。 「サキばあちゃん、一緒にここいていい?俺が掃除するから」 「ありがとう…」  蒼は室内にあった雑巾を何枚も持って来て、汚染された部分を拭き取る。掃除や雑巾の扱いは、翠と一緒に掃除したり、自分で洗濯したりで慣れていた。  「ありがとうねぇ…小さいのに」  サキは蒼の頭を撫で、蒼は泣きそうになった。翠が死んで初めて優しさに触れ、嬉しい気持ちになっていた。  サキは身の上を話した。  家族は自分が邪魔だからと母屋に入れられている事。  家族の支援がなく、心臓が弱く足腰がおぼつかないので、何とか一人で生活していくしかない。  そして時々、色々わからなくなることが増えていることも話した。  蒼は聞きながら初めて怒りを感じた。こんなおばあちゃんをひとりぼっちにするなんて…  「サキばあちゃん、もう一人じゃないよ。俺がいるから大丈夫。俺がサキばあちゃんを守るからね」  蒼はサキの手を握ると、サキは嬉し泣きした。  蒼とサキは仲良く楽しく過ごした。2人で食事を作ったり、サキが蒼に教える事があった。少ないが材料は与えられるので、2人で作り分け合って食べた。  サキは蒼に味噌汁やご飯を多くついだ。味噌汁の作り方だけは覚えており、蒼も今まで翠と作ってきたので、中々手慣れていた。 「たくさん食べなさい、蒼ちゃんはこれからの人間だから」  二人は相変わらず虐げられていたが、それでも二人は励まし合いながら仲良く過ごし、サキは蒼に昔の歌を教えたり、お手玉を教えたりした。  サキは滝蓮太郎の「花」が好きで蒼に教えると、蒼はすぐに覚え、子供ながらに伸びやかな綺麗な声で歌った。  「おや、蒼ちゃん、いい声してるねぇ。大きくなったら歌手になったらどう?」  「ありがとう!俺、歌うの好きなんだもん!今度はサキばあちゃんも一緒に歌おう!」  蒼とサキは声を合わせて歌いながら、幸せな気持ちになっていた。蒼の中に一つの気持ちが芽生えた。 (大きくなったら、歌手になりたいな。サキばあちゃんの前で歌うんだ!) 「蒼ちゃんの歌を聴けてよかった…」  サキは感動で涙ぐんだ。今迄聴いてきた歌の中で、一番心に響いた。 「どうしたの?サキばあちゃん、悲しいの?」  気遣う蒼に、サキは首を横に振る。 「蒼ちゃんの歌声、きれいで歌手みたいっちゃが…」  サキの嬉し泣きに、蒼から自然と笑みが溢れた。 「サキばあちゃん、聴いてくれてありがとう!」  蒼は1人の観客を前に、心から歌を楽しんでいた。  蒼は甲斐にも現在の状況を話した。  家を出て祖母と暮らし、生活は楽しいこと。  サキは一人では何も出来ず、入浴や食事は蒼が手伝っている事。  甲斐は蒼の「ヤングケアラー」状態を心配していた。蒼の負担を減らす為、まずはサキの介護認定を受けるよう、蒼の叔母家族を説得するが聞く耳を持たない。「ばあちゃんは蒼が見てくれるし、蒼も楽しそうだし一石二鳥よ」と取り合わない。  それでも蒼の表情は、叔母宅で過ごしていたときよりずっと幸せそうで生き生きしていた。  しかし、幸せな時間は長く続かなかった。  ある出来事が、サキとの幸せな時間を奪い、 蒼の全てが傷付けられる。
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