05)地獄からの脱却

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05)地獄からの脱却

 蒼はいつものように学校から帰ると、母屋に向かった。 「サキばあちゃん、ただいま!」  いつもなら蒼の挨拶に「おかえり」と明るく返事があるのだが、今日は何もなく静かだ。 「昼寝してるのかな?」  蒼はサキの手に触れて驚いた。とても冷たい。蒼は嫌な予感がした。病院の地下に横たわった翠を思い出した。 「サキばあちゃん、起きてよ!」  蒼は涙を堪えながら叫んだが、サキは二度と目を開ける事はなかった。    叔母が警察に通報し、事件事故、殺人の可能性も含め、捜査が行われたが、司法解剖の結果、事件性がないと判断されサキは病死が判明した。サキは死後2時間が判明、蒼が学校に行っている間に心筋梗塞で絶命していた。  サキばあちゃん、一人で苦しみながら亡くなったのかな…  蒼は子供心にサキの置かれた境遇に胸を痛めていた。  ごめんね…俺、助けられなくて…  サキに付き添う人間はだれもいない。叔母家族はサキが亡くなっても悲しそうな様子もなく、手続きに面倒くさそうな様子だった。蒼は家族の態度に対し、寂しくなっていた。  「サキばあちゃん、俺がずっと側にいるからね…」  蒼はサキの冷たい手を握りしめた。  蒼はサキの死後、再び自宅に戻ると凄惨な生活を強いられた。ついには蒼に食事も与えなくなった。蒼の食事は学校給食だけどなった。  蒼はサキから教えてもらった歌を、誰もいないときに歌った。空を見上げて歌う事もあった。  お父さんやお母さん、翠にぃ、サキばあちゃんに届くといいな…  歌いながら思っていた。  「俺には、歌うことがあるっちゃが」  蒼はどんなに辛くても、その思いだけで耐えた。  ある日、蒼は背後から肩を叩かれた。振り向くと継父だった。今迄にない優しい眼差しをしていた。 「お腹、空いていない?ご馳走作ったよ。食べる?」  蒼はお腹がすいていたので大きく頷いた。すると継父の顔が笑顔になった。 「その前に、ちょっとこっちにおいで?」  継父は蒼の手を引いて、書斎に導き、鍵をかけた。 「オレンジジュースがあるけど、飲む?」  蒼は頷いた。叔父さんの顔をよくみたら優しそうな表情をしている…継父はオレンジジュースを蒼に差し出した。蒼は喉が渇いていたので、一気に飲んだ。高級なオレンジジュースだったのか、とても美味しかった。  暫くして蒼は急に眠くなり、継父のベッドに倒れ込んだ。  蒼は寒気を感じ、目が覚めた。気がつくとベッドに横たわり、手を縛られており服も着ていなかった。  叔父はシャツのボタンを外し、蒼の頬に優しく触れたが、蒼は背筋が寒くなった。 「何すんですか?」 「君、かわいい顔してるね…」  蒼は言われた瞬間、ベッドから転げ落ち、部屋から出ようとしたが、鍵がかかっているのか出られない。蒼は部屋中逃げ回り窓から逃げようとするが、開かない。叔父にすぐ追いつかれ捕まった。 「おじさんの言う事聞きなさい?」 「助けて!誰か!」 「叫んでもここからは聞こえないよ?」  蒼は叔父に捕まれ必死に抵抗するが、華奢で小さな力では、力強い大人の男にはかなわない。 「……っ!痛い!」  蒼は下半身に強い痛みと違和感を感じた。不気味な笑顔を浮かべる叔父。何をされているのか、どういう意味なのかがわからなかったが、強い不快感は感じる。蒼はその笑顔を見た瞬間、気を失った。  蒼は翌日学校に行った。太腿から血が流れている事に甲斐が気づいた。 「蒼、どげんした?その傷…」 「転んだだけ…」  転ぶだけでそんなところから傷ができるわけない。甲斐は不審に思い、蒼を別室に連れて行くが、蒼は甲斐すら拒否し、体を震わせている。その表情はひどく怯えていた。叔父との出来事の恐怖が蘇っていた。  冷たい目と、手先と、言葉にならない痛み…  甲斐と養護教諭は性的虐待を察し、すぐに児相と警察に通報した。  翌日、叔父は性的暴行容疑で逮捕された。  叔母は蒼を心の底から恨んだ。身内から犯罪者が出た事、夫の性欲が蒼に向けられた事にショックを受けていたが、蒼を罵倒するばかりだった。 「お前は私達に恥かかせやがって…もう私達の前に現れるな!出て行け!」 「お前がいると不幸になるんだよ!もう二度とここに来んな!」  家族からも罵声を浴びせられ、蒼は深く傷つき、返す気力もなかった。投げつけられたランドセルだけ持ち、逃げるように家を出た。 (サキばあちゃんのことは、絶対に忘れないからね…)  蒼は涙を堪えて歩いた。まだ下半身だけでなく、全身が痛い。サキの優しい笑顔を思い出すと涙が出そうだったが、「男の子だもん、絶対泣かない!」と自分に強く言い聞かせていた。  歩くうちに、蒼は芽衣や叔母から言われた言葉に支配されていた。 (蒼くんのせいで翠が死んだ!) (お前がいるとロクなことがない!) (お前なんか死んでしまえ!)  俺は…生きていたらいけないんだ…  絶望と罪悪感が蒼の心を支配していた。  蒼は激しい痛みに気を失い倒れた。それ以上に心の傷が蒼の心を蝕んでいた。ランドセルを抱えながら倒れているところを、一人の男性が発見する。  この事が、蒼の道が切り開かれるきっかけとなった。
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