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引っ越し後の荷物整理はひと段落つき、葵の部屋はかつての空気を取り戻していた。
葵は年次ごとに書類を区分けした箱から「5年前」のものを取り出すと、まだ開けられていない会社からの封筒を見つけた。封を切り、中身を取り出す。
「やっぱりこれ……」
彼女の思った通り、社内報とともに入っていたのは、善十郎からのあの訓示であった。葛城が言っていたものと全く同じ文章が書かれている。毎月届くもので、いつしか葵は封すら開けなくなっていた。わざわざ父の言葉を書面におこしてまで見る必要はない。
葛城は、社員全員に一律で送られているメッセージを、自分に宛てられたものと信じ込んでいるのは明らかだった。
奥からせき込む声がする。
「ゴホッ、ゴホッ……葵、水をくれ!」
「はーい!」
葵は訓示を持ち台所へ出ていこうとしたが、一瞬立ち止まり、デスクへと引き返した。紙を置き、もう一度その文章を眺める。
「『壊社員』、か……」
葵は紙を置いたまま、水を汲みに台所へと向かった。
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