第1部「着火」

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第1部「着火」

「どう思います?」  バウムクーヘンを切り分ける弓月のデスクに向かい合う形で葵が背中を丸めている。 「食べます?」 「いえ、私は……」 「いいんですよ?」 「本当にいいので……」 「こんなにありますし」 「要らないです」  本当に要らないときの反応と察し、弓月は切り分けた方を粛々と口に運ぶ。 「何を皆、私に期待してるんですかね」 「副社長はほら、他の人と違うというか……」 「ドラマでヒントくれる長老とかじゃないんですよ」 「違うんですか?」 「このやりとり、続けます?」  彼の執務室に秒針を刻む音とフォークと皿の触れる音が響く。葵は気まずさを埋めようと、もう空になった紅茶のカップを口に付けた。 「で、何の話でしたっけ」 「……葛城君です。最近一層止まらなくなっているというか」 「これはこれは。切り札の葵さんをもってしても、ですか」 「切り札かは分からないですけど、扱いきれません」 「どうしたいです?」 「え?」 「葛城。止めたいのかどうか。正直なところ、どうです?」  言葉に詰まる。数日前であれば即答していたことだろう。だが、今となってはそれすらも分からない。そもそも止めてどうだというのか。葛城が問題児なのは間違いない。抑えれば会社は穏やかになるだろう。でも、その先に何かあるというのか。業績がV字回復するのか。父もいきなり回復するのか。何を言い返しても、同じ自分が論破してくる。 「そもそも」  葵は一語ずつ確かめるように話し始める。 「何のために止めるのか、言えない自分に止める資格なんてあるんでしょうかね」 「ほう?」 「言葉遣いや態度まで最低最悪なのは間違いないです」 「言いますね」 「でも、彼に熱があることは、本当だと思います」  ふとその時、弓月の内線が鳴った。受話器を手に取り、一言返し、また戻す。バウムクーヘンに蓋をし、彼は席を立った。 「来客ですよ。葵さんにも」 「私にも……?」 「双葉銀行の寺林さん。見てみましょうよ。彼がどれだけ世間に通用するか」
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