第1部「炎上」

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「本気で言ってるの?」  それは二日前、葛城が会社に姿を見せず、葵たちに心配されていた時のことである。彼はその頃、アポロンの本社にいた。目の前にはさゆりと、不機嫌な表情の後藤がいる。葛城がかつて自分に因縁をつけてきた相手ということで、先ほどから彼を睨んでいるわけだが、それとは今回別の話である。 「マイルの蓄電池開発に、あんたらも加えてやる」 「どの目線で言ってるんだお前……」 「まあまあ。聞いてみようじゃない。お隣の『話したがり』なあなた? 先日の電話、あなただったわよね?」  そこには寺林の姿もあった。一礼し、鞄から資料を取り出す。それは、二日後に発表されることとなるプレゼン資料だった。寺林と清水が会った時、寺林に葛城から着信が入った。彼は葛城による考えをまとめ、アポロンにそのまま直撃していたのである。 「華陽とアポロン、そして清水製作所が共同出資して、新会社を設立します。華陽とアポロンで株式の33%ずつ、残る34%を清水製作所が保有し、マイルに関する製品の開発・製造を一手に引き受ける。ここの生産ラインは2社で独占することとします」  葛城の開発したマイルフォンにおける動力源は、マイルを使った蓄電池となる。そして規模を改良すれば、スマートシティの発電設備にも応用できる。生産体制の構築が課題となる中で、葛城の試作品をさらに改良する研究にアポロンが参入するのは、さゆりたちにとって決して悪い話ではなかった。  対して葛城にとってもメリットはある。アポロンの人材や研究力を利用すれば開発のスピードは飛躍的に上昇する。マイルフォン開発において弓月から課されていた宿題が一気に片付く見通しが立つことになるだろう。   「でも、葛城さん。これはつまりあなたの手元から離れることになるわけだけど?」 「いいですよ、それくらい」  葛城は何の躊躇もなく応えた。 「よく分からないわね。文句言いにきたり、手放そうとしたり」 「俺の研究のことは、俺が決めるってだけで。そしてこれは、華陽にも利がある」 「あなたが? 会社のこと考えてるの?」    さゆりは堪えられなかった。ハンカチに口を当てる。声は上げなかったが、どうしても可笑しくて仕方がなかった。 「……あら、ごめんなさい。気分を害したかしら?」 「別に。ただ―」  葛城はメガネを外すと、レンズを拭き、すぐに戻す。 「—俺に生きる意味を与えてくれた場所だから」  さゆりはその言葉に表情を変えなかったが、寺林には手ごたえがあった。 彼女が手首の『相棒』に問いかける。 「どう思う、アポロン?」 『計算しています……。本事業の成功確率は、アポロン社独自の場合33.4%、華陽独自の場合43.2%。提案の通り共同で実施した場合81.2%。葛城氏の研究力とアポロン社の財政・人材リソースのミックスを強く推奨します』 「さすが、見る目あるじゃん。そいつ」   葛城はリュックからサイダーを取り出し、笑みを浮かべて飲み干した。さゆりはスマートウォッチに撫でるように手を置き、彼らに目を遣った。
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