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そしてこのプレゼンに繋がる。寺林が説明を終えると、清水が真っ先に手を挙げた。
「俺は乗る! じい様たちの説得は任せろ!」
「ありがとうございます、清水様」
「世界を切り開く。ロマンのある話じゃないか」
彼の上司である融資課長がさゆりたちの方を向く。
「して、株式会社アポロン様はこの話を内諾されたと寺林から伺っておりますが……」
「えっ……!?」
立花から思わず声が出た。後藤がマイクを取り、上司に返す。
「おっしゃる通り、このプロジェクトを行うにあたって、弊社では現在のメインバンクを御行に切り替える準備がございます」
銀行側の顔がぱあっと明るくなり深々と頭を下げた。寺林が華陽・アポロン双方に融資を行う約束を取り付け、上司たちの承認を取り付けた。華陽は確かに『不良債権』扱いだったが、業績を伸ばし続けるアポロンが同じプロジェクトに加わることで信頼性が担保されるという結論である。
無論そうなれば華陽側にも断る理由はない。
「華陽副社長の弓月でございます。弊社もその提案お受けいたします。そうですよね、立花常務?」
こういうときに振られるのが一番困る。
「……はい」
思ってなくてもそう答えざるを得ない。気のせいか、葛城がこちらを向いてにやにや笑ってくる。
長津田が手を叩いたのに続き、会場は自然と拍手に包まれた。寺林は葛城に手を差し出し、握手を交わす。そこに清水も加わったことで笑いが起こり、場は和やかに収まった。
かくして葛城たちの戦いは、アポロンを巻き込む形で幕を閉じた。ただ、彼にとってこれは始まりにすぎない。これから品質の改良と生産体制の確立などやるべきことは山積みである。
プレゼンの終了が告げられると、さゆりたちはいち早く席を立った。弓月たちの元を通りかかり、歩みを止める。
「うちの葛城が厄介になったそうで」
「ええ。嫌になるくらいに。良い人材をもった会社ですこと」
「……誉め言葉として受け止めておきます」
「フフフ。ではまた」
彼女が向いた先には葵がいた。2人は目を合わせたまま何も語らない。さゆりの方から目を離すと、後藤と共にそのまま場を後にした。
葵は寺林、清水たちと談笑する葛城のもとへと近づく。
「なんすか」
「……良かったわね」
「良かったです」
葵には次の言葉が出てこない。正直自分が着任した頃には、ここまで話が大きくなると思ってなかった。彼だってただの尖った問題児としか認識していなかった。
気づけば想像以上の規模になった。融資額は華陽だけでも460億円。経済効果でいえばさらに桁が上乗せされるものとなるだろう。
会議にいきなり殴りこみ、企画書を叩きつけたときからぶれず、本当に経営再建の道筋をつけてしまった。自分の見る目がなかったようで少し気恥ずかしい。
「僕のこと止めてましたよね?」
「え?」
「ほんと、部長なのに見る目ないよなあ」
見透かされたようでカチンときた。
「なっ!? 私だってね! あんたのためを思って言ってんの! だいたいデスクは片付けないわ、上司をおちょくるわ、人としての素養ってもんがねえ!」
「あーはいはい」
葛城はあしらうように外へと出ていく。葵は逃がすわけにはいかなかった。
「『はいはい』じゃなくて! ちょっと聞いてんの!? 待ちなさいって!」
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