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「柊代表、この度は誠におめでとうございます」
式典後の祝賀パーティで、華陽取締役常務・立花宗之はさゆりにシャンパングラスを差し出す。
「あちらに置いてありましたよ」
「あら、気が利くわね。ボルドーを飲まないの、覚えてた?」
「当然です」
葵は和やかに話す立花とさゆりの姿が目に入った。しばらく眺めるものの、どちらかが視線を向けようとすると、咄嗟に逸らす。弓月はホイップクリームが盛られたパンケーキを片手に、来賓の国会議員らと談笑している。すぐ横では、後輩であり営業部長の長津田明弘が双葉銀行の寺林昭宏に酔いながら絡んでいるところだ。片割れには清水。ここには首を突っ込まない方が良い。
「葛城君の方がマシに思えるとはね……」
一人呟き、葵は葛城を探した。元々このような宴席など興味を持たない上に式典も普通に欠席しようとしていた彼を引っ張り出すのは至難の業だった。壁をつたっていくと、やはりつまらなさそうに寄りかかる葛城の横顔が見えた。
「ああ、葛城く―」
話しかけようとした時である。彼の前に誰かが立った。その顔を知っている。先ほどまで立花と話していたさゆりだった。スマホの画面を見続ける彼を、彼女は笑いながら見つめ続ける。
「……何ですか」
「気づいてたのね」
「そんなに見られ続けると、俺でも気になります」
「これは失敬。でも、あなたに言っておかなきゃいけないことがあって」
葛城のメガネには、相変わらず液晶の上下に動くさまが反射している。
「このスマートシティ計画で最大の課題は、安定かつ高効率のエネルギー供給を実現させること。そのためにはあなたが積み上げてきたマイルの基礎研究が必要だった」
「その割には最初技術ごとふんだくろうとしてましたけどね」
「多少強引だったのは反省している。けど今は、これで良かったと思ってるのよ。華陽での地位も上がって何よりじゃない」
「……で、本題は?」
葵には、賑わう会場に2人の会話しか聞こえなくなっていた。何を話すかは分からないが、聞き逃してはいけない。そんな気がした。
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