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「まずいな」
珍しく長津田が神妙な面持ちを浮かべる。一方、部長室に敷いたグリーンの上でパターを握り、ボールとホールとのにらめっこを繰り返している。
「え、どっちがですか。今の話ですか、軌道ですか」
「ん? どっちかっていうと……後者かな」
「ああ、ダメだ」
「ハハハ、冗談ですって寺林さん。ただ、本当にアポロンが華陽を狙っているなら、ちょっと放置はできないかなあ」
長津田の一打目は予想より早く失速し、ホールの手前で停まった。
「そもそも、どうしてアポロンが華陽を狙うんですかね。マイルの開発も一緒にやっているっていうのに」
「一緒にやっているからこそですよ。元々アポロンはマイルの権利すら自社の物にしようとした。そこに我々が出張ってきて、共同開発にまで後退させた。状況的にそうせざるを得なかっただけで、内心もっと行きたいはずです。技術が買えないなら、会社ごと狙えばいい。清水さんの新会社はその実験台に使われたわけだ」
ストックのボールを拾い上げ、ほどなくして二打目にかかる。
「もしくは『人質』でしょうね」
「人質?」
「このままだと、華陽は製品を作れば作るだけアポロンに金を吸い上げられる」
「『それが嫌なら会社を明け渡せ』ってことですか!?」
「あるいは、それに匹敵するほどの何かを要求しているんじゃないですかね。それこそマイルの技術か、あるいは……」
二打目は先ほどより勢いをもって転がっていくも、逆にホールを飛び越してしまった。
「で、さっきから何も話さないのはどういうことかな、葛城君?」
そう言われるまで、寺林は彼の存在に気付かなかった。彼にしては珍しく地蔵のように固まっている。
「い、いや、別に」
「下手か! お前さては嘘が下手なタイプだな!」
「もしかして、何か知ってるんです?」
「んー、なになに? 教えてみてよお?」
葛城はため息を大きく1回つき、長津田の方に顔を向けた。
「実はですね―」
午後に差し掛かり、忙しい社内も少しは平穏な様子である。社内にいても窓の外で鳥の鳴く様子が容易に聞こえてきた。
「「ええええええええ!?」」
たった今、鳥が飛び立って行った。
「マジかー、ヘッドハンティングかよ!」
「いや、葛城さん実際すごいですけど、本当にそういうのあるんですね……」
「で、実際どうすんの?」
葛城から言葉は出なかった。
「まあ、簡単には選べないよなあ」
「離れようとは思わないけど、このまま会社がアポロンに搾取されるのもね」
「葵さんのことも放っておけないしねえ」
長津田が意地悪そうな表情を浮かべてこちらを見ている。
「まあそれもありますけど」
「え? 俺はてっきりそれがメインだと思ってたけど? 似合うと思うけどなあ」
葛城は何も言わず立ち上がり、部長室の扉に手をかけ、そのまま外へ出ていった。
「ごめんごめん! 待てって! でもちょっとは図星だべ?」
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