第2部「暗雲」

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「まずいな」  珍しく長津田が神妙な面持ちを浮かべる。一方、部長室に敷いたグリーンの上でパターを握り、ボールとホールとのにらめっこを繰り返している。 「え、どっちがですか。今の話ですか、軌道ですか」 「ん? どっちかっていうと……後者かな」 「ああ、ダメだ」 「ハハハ、冗談ですって寺林さん。ただ、本当にアポロンが華陽を狙っているなら、ちょっと放置はできないかなあ」  長津田の一打目は予想より早く失速し、ホールの手前で停まった。 「そもそも、どうしてアポロンが華陽を狙うんですかね。マイルの開発も一緒にやっているっていうのに」 「一緒にやっているからこそですよ。元々アポロンはマイルの権利すら自社の物にしようとした。そこに我々が出張ってきて、共同開発にまで後退させた。状況的にそうせざるを得なかっただけで、内心もっと行きたいはずです。技術が買えないなら、会社ごと狙えばいい。清水さんの新会社はその実験台に使われたわけだ」  ストックのボールを拾い上げ、ほどなくして二打目にかかる。 「もしくは『人質』でしょうね」 「人質?」 「このままだと、華陽は製品を作れば作るだけアポロンに金を吸い上げられる」 「『それが嫌なら会社を明け渡せ』ってことですか!?」 「あるいは、それに匹敵するほどの何かを要求しているんじゃないですかね。それこそマイルの技術か、あるいは……」  二打目は先ほどより勢いをもって転がっていくも、逆にホールを飛び越してしまった。 「で、さっきから何も話さないのはどういうことかな、葛城君?」  そう言われるまで、寺林は彼の存在に気付かなかった。彼にしては珍しく地蔵のように固まっている。 「い、いや、別に」 「下手か! お前さては嘘が下手なタイプだな!」 「もしかして、何か知ってるんです?」 「んー、なになに? 教えてみてよお?」  葛城はため息を大きく1回つき、長津田の方に顔を向けた。 「実はですね―」  午後に差し掛かり、忙しい社内も少しは平穏な様子である。社内にいても窓の外で鳥の鳴く様子が容易に聞こえてきた。 「「ええええええええ!?」」  たった今、鳥が飛び立って行った。 「マジかー、ヘッドハンティングかよ!」 「いや、葛城さん実際すごいですけど、本当にそういうのあるんですね……」 「で、実際どうすんの?」  葛城から言葉は出なかった。 「まあ、簡単には選べないよなあ」 「離れようとは思わないけど、このまま会社がアポロンに搾取されるのもね」 「葵さんのことも放っておけないしねえ」  長津田が意地悪そうな表情を浮かべてこちらを見ている。 「まあそれもありますけど」 「え? 俺はてっきりそれがメインだと思ってたけど? 似合うと思うけどなあ」  葛城は何も言わず立ち上がり、部長室の扉に手をかけ、そのまま外へ出ていった。 「ごめんごめん! 待てって! でもちょっとは図星だべ?」
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