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第2部「泥沼」
「元気ないですね」
華陽の歴代社長は大平一家によって受け継がれてきた。それでも着実な成長を続けてきたことで疑問に思う者は少なかった。しかし、いつの時代も情勢が不安定となればその正統性に厳しい視線が注がれることになる。
ましてや先代の急病により突然社長の座が回ってきたがために、地盤を固めきれていないのであればなおさら付け入る隙は大きい。
「何でもいいけどさ葛城君、入るときノックしてくれない?」
深紅の絨毯が敷かれた広大な社長室にはポツンとデスクが1台置かれ、そこに葵は突っ伏していた。壁際には葛城の身長と同じくらいの大皿がショーケースに飾られている。
「何盛り付けるんですかこんな皿」
「そんなんじゃないと思うよ。で、何? 疲れてるの」
「いや、どうしてるかなって」
葛城の頭には今朝出たあの週刊誌記事があった。アポロンに株式会社マイルを事実上乗っ取られたという一大事にもかかわらず、何も知らされず有効な手を打てなかった華陽経営陣を揶揄する内容である。
「さっきもその話出てて、もうあまり聞きたくない……」
「他の役員はなんて?」
「弓月さんは『一喜一憂しないよう』だって」
ゴシップ調の内容であるため、真に受ける者はあまりいないだろうが、華陽のブランドイメージにとってプラスではないことは事実である。弓月の言葉一つで表情が晴れない性格であることくらい葛城は知っている。
「『社長』って難しいんですね」
「難しいんですよぉ。良かったわね、私がいなくなって。清々してるでしょ?」
「誰もそんなこと言ってないじゃないですか」
葛城から発せられた言葉に葵は顔を上げた。
「ごめん、言い過ぎた……余裕ないのよ。今度、またちゃんと話しましょう」
「……すみません」
そう言って葛城は葵の部屋を出ていく。表情こそ変えなかったものの、目線を少しそらす彼は、少しバツが悪そうだった。椅子を半回転させ、葵は天を仰ぎ、一言呟く。
「ほんっと、いやな上司だ……」
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