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「お前はどう思う?」
午後2時過ぎの社員食堂の隅で、宇和島は目の前の社員に投げ掛けた。
「こんな体たらくで大平家に任せていていいと思うか」
「いやぁ、それは、僕の口からは……」
「遠慮しなくていいって。さっき話した奴も同じ思いだったよ?」
横の金城が囁く。宇和島が社員の前に複数人の署名が入った書類を差し出した。
「120人。大平家に不信を持つ社員たちの署名だ」
「え……? これが……?」
「各部署の同志がまとめてくれたおかげで、ここまで集まった。今後は支社にも募ろうとは思っている」
「ちょっ、これがバレたら!」
「大丈夫だよ。向こうが無視できないレベルにまで広がればいい」
「『悪事』も大勢が動けば、『正義』になる」
社員は体を震わせながら、少しずつ言葉を捻りだした
「……確かに、社長の子供がそのままなるのか、とは思いましたね」
「だろ? それで既にこんな失態を犯した」
「……署名が通ったら、どうするんですか……?」
「お前、営業で大型案件毎回外されてるだろ? 俺らが手を回してやる」
「外されてるって。僕が前に仕事でミスしたから……」
「人が好過ぎるなあそれは。あれはそもそも仕組まれた話だ」
「まじですか?」
「俺の知る限り、お前は嵌められた。できる奴だからこそ追いやられたんだ」
「そんな……」
「そういう隠された闇もこの後白日の下にさらす。これはただ社長を代えろって話じゃない。俺らが取って代わろうって話だ」
金城は何も言わず社員の前にペンを置く。気づけば社員はペンを受け取り名字を走らせていた。
「本当なんですよね?」
「俺を信じろ」
「……託します」
社員がデスクに戻る途中、彼は廊下で長津田と遭遇した。
「おぉ、お疲れ」
社員は一瞬びくついた後、軽く会釈を交わし足早に去って行く。
「何だ、あれ」
少し首を傾げながら、長津田はそのまま彼と逆方向に歩いて行った。
「金城、大漁だな」
「宇和島さんの口が上手いんですよ」
食堂では集まった署名の数に2人がほれぼれしていた。
「ここまで不満がたまっていたというわけだ。怒りの炎はこれまでにないくらい燃え上っている」
「で、次は?」
「決まってるだろう。もっと油を注ぐんだよ」
食堂のテーブル横には、読み古された朝刊が立てかけられている。
「次はゴシップ誌じゃなくて、『社会の公器』の出番と行こうか」
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