第2部「鳴動」

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「これはもう、社長に出ていただくべき案件では?」 「えっ……?」  葵が初めて顔を上げる。力のない声が却って会議室に響いた。 事態は既に会社全体のコンプライアンスを問われる事態となっている。先日の『株式会社マイル乗っ取り事件』も相まって本日の株価はストップ安。企業としての存続も危ぶまれる事態となった。 立花の席は空いたままである。時計の短針が2時を示す。既に役員会議が始まって1時間半が経過していた。役員が続ける。 「心苦しいですが、社長が声明を出して事態を収束させるべきです」 「ちょ、ちょっと待ってください……声明って、どんな……?」 「社長御自らが謝罪し、厳正なる処分を下すことで、ブランド低下を防ぐべきと考えます」  もう一人の役員が反論した。 「社長の謝罪で事態が収束しなかったら、どうするつもりですか」 「社長の威光を信用できないというのか!?」 「やり方を考えろって話でしょ」 「他人事のように言うんじゃない!」 「誰が他人事だと!?」 「そもそもこの内容を知っているのは、ここにいる役員くらいだ! 誰かが漏らしたんじゃないのか!?」 「失礼だぞ、我々を疑うのか!」  会議室を怒声が支配し、書類が飛び交う。葵は両手で頭を抱えたまま動かない。弓月は黙ったまま腕を組み、天井を見つめるしかなかった。その時である。 「騒がしいですね」  ドアを開け、涼しい顔で入ってきたのは立花だった。彼の登場でまたしても周囲が静まり返る。 「立花常務! 一体どちらに……」 「アポロンと話をしておりました。恐らく今まさに議題に上がっていることです」  立花はゆっくりと自分の席に座り、大きく深呼吸をすると再び話し始めた。 「アポロン側にとっても今回の一件は非常にマイナスであり、大変心を痛めているということでした。そこで、先方と協議をする中で、ある一つの方向性で合意いたしました」  葵の顔を一瞬見つめ、彼は確かに自分の言葉で、声で発した。 「私、立花宗之は、ここ華陽を株式会社アポロンの傘下に入ることを提言いたします」  場は静まり返った。それは、中にいる誰しもが考えては押し黙らせていたことだった。 「当社の株価は下がり続けています。このままでは株主の皆様にも申し訳が立たない。一方で、アポロンは、着実に業績を拡大しています。マイル蓄電池によるスマートシティ開発もマレーシアで新たに受注したと聞きました。より結びつきを強固にする方が、今後の経営にプラスになるかと思います」  今後の経営指針に関わる最重要事案であるため、結論はさすがに次回以降へと持ち越された。しかし、異論を出す者がいない状況が、今の趨勢を物語っていた。
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