第2部「白日」

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「180時間を超えました」  新たに整備された研究室で、葛城はスマホのテスト機の画面を見つめ、周りのスタッフにそう呼びかけた。充電完了から放電を始めてから180時間が経過した。 「やりましたね、葛城チーフ!」 「これでマイルフォンの改良版開発に弾みがつきますよ!」 「君の提案通り、マイル蓄電池の構造変更を実践した甲斐があった。よくやった」  マイル開発が承認されてから、孤軍奮闘していた葛城の研究には、潤沢な予算と共に豊富なチームスタッフが編成された。共同で進めているアポロンの研究チームだけでなく、海外機関の出身者などが華陽本体に加わったことで、葛城が予期していた以上の成果を生み出す体制が完成しつつあった。 「すぐ、社長にも報告を! これは全て華陽単独で得た成果です」 「そうですよ! アポロンの連中抜きでもやれるってことを示してやりましょう」 「……ああ、そうだな」  社長室のドアは半開きになっていた。誰かが葵に好き勝手言ってそのまま出ていったのであろう。 買収話が持ち上がってから、社内における非主流派の倒閣運動が表面化し始めている。労働組合をも巻き込み、経営陣の辞職を求める署名は急増していた。随所に『宇和島』という名の社員が目に入る。 アポロンとの関係も現場レベルでは悪化し、共同プロジェクトの一時凍結や無期限延期が相次いだ。 「ああ、君か……」  ドアを開けて現れた葵の顔は、憔悴しきっていた。デスクに山積みされた書類は雪崩を起こし、回答期限が過ぎたパーティーの招待状が垣間見える。 「今度は何? さっきまで色々言われたばかりなんだけど」 「マイルフォンの改良試験が成功しました」 「……あ、そう」  葵から乾いた答えが返る。 「で、それだけ?」 「いや、よりハイスペックの製品が実現するということで―」 「そんなのどうだっていいのよ! それより早く、この状況何とかしてよ! どうして皆自分勝手なの? どうして誰も分かってくれないの!?」  投げ飛ばされたデスクの書類が葛城にぶち当たり、床へと力なく落ちていった。葵は窓の外を眺めながら荒くなった呼吸を整える。 「はぁ……はぁ……はっ!」  葵はふと我に返った。彼に何ということをしてしまったのか。すぐに気づいたとはいえ、遅かった。ふと彼に振り返る。 「葛城く……おわあ!?」  床からメラメラと炎が上がる。そばにはライターを持つ葛城がいた。 「葛城君!? え、ちょ、何してんの!?」 「うおお、なんじゃこりゃ! 消せ! 早く消せ!」  通りかかった長津田が消火器を噴射する。社長室は真っ白に包まれた。 「あー、危なかった……」 「どうすんのよ、これ。社長室がめちゃくちゃじゃない!」 「元々汚かったんだから変わらないでしょ」 「何も火を点けることはないでしょ! あーもう、こんなにしちゃって……」 「でも、見たくなかったんでしょ?」 「うっ……」  なぜ彼の吐く暴論に押され気味なのか分からないが、言い返せない自分がいるのは確かだった。 「社長」 「な、なによ」 「『何で分かってくれない』って言ったけど、別に分かるわけないですよ。だから俺は一人でやりこんだ」 「え……?」 「『分かってもらえない』と思うから苦しむなら、開き直るのも手ですよ」  葛城の言葉に、葵は拳を握りしめた。 「俺に考えがあります」
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