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「日本の天才は誰か」という問いに、社内の人間は口を揃えて、代表・柊さゆりの名を挙げる。多くのミステリーを抱えながら彼女は突如日本の経済界に出現した。
大学時代はAIに関する研究を続け、3年生の頃には独自の人工知能「アポロン」(=光明・予言などを司る人工知能)を開発。
しかしその独特過ぎる感性に企業はついていけず就職活動は苦戦。次第に自分で行動した方が早いと結論付け、開発したAIを用いたコンサル会社を起業する。社名の「アポロン」は”彼女”からとられたものだった。
高性能かつ急速に成長を遂げるAIを活用した商品開発で、さゆりは次々と事業を拡大。通話サービス、ヘルスケア、交通支援と他社を圧倒していく。
極めつけは、海運会社との共同による北極海航路開拓プロジェクトである。航路短縮による輸入コスト削減に貢献したアポロンと彼女の名は先進諸国に響いた。「アポロンとはさゆり自身」と謳う者もいる。昨年にはその海運会社まで吸収し、市場規模は爆発的に広がり、永代の発展を約束された。
幹線道路を抜けると、大きな港町に差し掛かる。さゆりは橋から見える港の景色が好きだった。一人ハンドルを握り、シートに体重を預ける。これを妨げる万物、とくに5分前にかかってきた下手な銀行マンのセールス電話なんてものは害悪である。
「アポロン、いい天気ね」
『海がよく見えます。ぴったりの曲を流しましょう』
「お願いしようかしら」
アポロンは蓄積されたサーバの中から選曲し、車内に軽妙なジャズ調の音楽を流し始める。その直後、ハンズフリーに着信が入った。
「なに? 今サビ手前だったんだけど」
『すみません。実は、スマートシティ計画の件で』
「うん、どうした?」
『発電コストの見積が来たんですが、思った以上の運用コストでして。これでは大幅な予算オーバーに……』
「既存のものを持ってくるのじゃ限界だったか……マイルは?」
『ま、マイルですか……?』
さゆりの車は赤信号による渋滞に差し掛かった。次第に速度が緩んでいく。
「街中にマイルの蓄電池を置くの。マイルは効率いいみたいだし、自給自足だと可能な限りコストを抑えられる」
『ですが、あれはまだ一般化されてない上に、継続的にできる所もないですよ』
「でも、研究されてきてノウハウはあるでしょ? 仕組みは分かってるんだから、発電に活用することくらいはできるんじゃない? 話題性もバッチリだし」
『でもそんな人どこに……』
「ああもう! しょうがないわね……任せなさい」
さゆりは電話を切ると手元の“彼女”に呼びかけた。
「アポロン、検索を。日本でマイルの研究・論文を手掛けている人物は?」
『14件ヒットしました』
「順に読み上げて」
『小野田健司、東洋学院卒。マイルの海洋分布に関して。皆川義文、大阪経済大学卒。マイルがもたらす経済効果に関して―』
信号が青に変わる。
『葛城誠一、東帝大学院卒。マイルの商品化に向けた加工方法に関して』
「あら、いいのがいるわね……。彼は今どこに?」
『葛城誠一で検索します。所属……株式会社華陽』
さゆりは顔を上げ右足に力を加えた。前の車が左折し、前の視界は幾分晴れている。車内に鈴を転がすような笑い声が響く。
「最高じゃない、それ」
外の景色は先ほどよりも速く通過していくように見えた。
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