第2部「回顧 一」

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『いや、この店はちょっと、堅くね? ヒラ4人の飲みだぜ?』 『しょうがないじゃないですか、どこも混んでてここしかなかったんですから』  5年前。その時も彼らはこの料亭にいた。3人がカバンを置き、コートを脱いで席へと着く。もう1人は仕事が長引き今向かっているところだ。 『それに結構安いんですよ』 『本当か? 頼むぜ幹事・後藤。最近会社も飲みの席に厳しくなってんだから』 『えぇ? 社員同士の飲みでも、ですか?』 『飲んでる暇があれば働けってことなんだろうよ』 『宇和島さんピンチじゃないですか』 『お前もあぶねえぞ、金城! ハッハッハ!!』  ちょうどその時襖が開く。見るからに重そうなカバンを右手に提げ、慌てて走ってきたことが一目見て分かるような息の上がりようで、彼は立っていた。 『すまない! 遅くなった!』  その顔を見て、宇和島は意地悪そうに笑みを浮かべる。 『おうおう、重役出勤ですなあ』 『重役でもないし……まず出勤じゃないだろ』 『僕らはこれからが仕事ですよ?』 『とにかく、上着預かります! 生でいいですか?』  瓶から注がれたビールでいっぱいのグラスを持ち、手練れの後藤は自信満々に進行する。 『それでは、華陽の新製品開発チームの発足を祝って! 立花チーフからご挨拶を』  その男、立花宗之は促されるまま立ち上がり、口上を述べ始める。 『ええ、今日は皆さま集まっていただきありがとうございます。華陽の『ミニ電話』は競合他社の製品に放されつつあります。今こそ我々の力が問われるとき。新製品開発チームとして、会社を救う箱舟として、粉骨砕身、全身全霊で―』 『乾杯!!』 『『『乾杯!!!』』』 『おい宇和島! まだ終わってないぞ!』  彼の呼びかけ空しく、3人は既に宴を始めている。立花も座ると、彼らに対抗してはスピードをつけて飲み始める。  すべてが始まるほんの少し前の出来事である。
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