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『いや、この店はちょっと、堅くね? ヒラ4人の飲みだぜ?』
『しょうがないじゃないですか、どこも混んでてここしかなかったんですから』
5年前。その時も彼らはこの料亭にいた。3人がカバンを置き、コートを脱いで席へと着く。もう1人は仕事が長引き今向かっているところだ。
『それに結構安いんですよ』
『本当か? 頼むぜ幹事・後藤。最近会社も飲みの席に厳しくなってんだから』
『えぇ? 社員同士の飲みでも、ですか?』
『飲んでる暇があれば働けってことなんだろうよ』
『宇和島さんピンチじゃないですか』
『お前もあぶねえぞ、金城! ハッハッハ!!』
ちょうどその時襖が開く。見るからに重そうなカバンを右手に提げ、慌てて走ってきたことが一目見て分かるような息の上がりようで、彼は立っていた。
『すまない! 遅くなった!』
その顔を見て、宇和島は意地悪そうに笑みを浮かべる。
『おうおう、重役出勤ですなあ』
『重役でもないし……まず出勤じゃないだろ』
『僕らはこれからが仕事ですよ?』
『とにかく、上着預かります! 生でいいですか?』
瓶から注がれたビールでいっぱいのグラスを持ち、手練れの後藤は自信満々に進行する。
『それでは、華陽の新製品開発チームの発足を祝って! 立花チーフからご挨拶を』
その男、立花宗之は促されるまま立ち上がり、口上を述べ始める。
『ええ、今日は皆さま集まっていただきありがとうございます。華陽の『ミニ電話』は競合他社の製品に放されつつあります。今こそ我々の力が問われるとき。新製品開発チームとして、会社を救う箱舟として、粉骨砕身、全身全霊で―』
『乾杯!!』
『『『乾杯!!!』』』
『おい宇和島! まだ終わってないぞ!』
彼の呼びかけ空しく、3人は既に宴を始めている。立花も座ると、彼らに対抗してはスピードをつけて飲み始める。
すべてが始まるほんの少し前の出来事である。
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