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『また前年比割り込んでるぞ』
役員会議の場。売上報告を眺め、弓月は目の前にいる御門を追及した。
『問題ありません。ミニ電話は華陽の努力の結晶です。これから先、必ずV字回復を―』
『そう言って何ヶ月経った?』
役員たちにとって、それはいつも分かり切っていたやり取りだった。だが今回、弓月は押し返す。
『競合は次々新製品を出してきている。そしてそれが伸びているのも事実だ』
『市場は新しいものを好むだけです。我々の努力など理解していないだけで―』
『その市場で、我々は戦っているんじゃないのか?』
『しかし! それではミニ電話の否定になります!』
弓月は顔を上げた。
『それが?』
『は……?』
『それが、何なんだ?』
『副社長も知っておられるでしょう! ミニ電話は、大平社長の肝煎りではありませんか! 私はそれを押し上げようと、そのための経営計画を作ったんですよ!?』
『社長は華陽の発展をお望みだ』
『な……!?』
『尤も昔は躍起になっていたが、今はむしろ新しい風を求めておられる』
既存の主力商品『ミニ電話』の販売強化を最大の柱として掲げたのは、計画の責任者である御門だった。
『立花』
『……はい?』
『立花たち現場が自分たちで色々やっているそうだ。刺激的な案が色々まとまっているそうだぞ。社長が彼らと話してご満悦だったそうだ』
『そんな……若造の意見など!』
『まあ、社長の真意を読み違えた、お前よりはましだな』
会議は、後半役員たちのほとんどが俯き続けたまま終了した。
社長の懐に入り、常務まで上り詰めた御門にとって、ここで躓くわけにはいかなかった。更なる高みを目指して中期経営計画の策定責任者に名乗りを上げ、善十郎印の『ミニ電話』を中心に据えた。
しかし、そこに“戦略”はなく、全てが善十郎に気に入られるために動いたものにすぎなかった。
計画は頓挫寸前で、このまま業績が悪化すれば責任問題に発展するのは避けられない。さらに当の善十郎は、あろうことか立花達の方を気に入り始めている。
それが何より我慢ならなかった。
誰もいなくなった会議室。拳を握り、歯を食いしばり、御門は一人静かに空気にぶつけた。
『許さねえからな、立花……!』
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