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『奢りだ』
立ち食いそば屋で向かいの後藤に小鉢を差し出す。
『ごちそうさまです。立花さん』
それから半年が過ぎた。御門への粗相によりチームは本当に解散することとなり、宇和島は金城と共に資料管理室へと左遷された。幸いにも立花と後藤は残ったものの、社内の主流派からは外れ、却ってゆったりとした時間が流れていた。後藤が天井にぶら下げられたテレビに目を遣る。
『見てくださいよあのCM。また新商品です』
『おお、高精細カメラ機能か。あれに買い替えようかな』
『ちょっとー!』
後藤は笑いながらも立花の悔しさを感じ取っていた。社用携帯として渡された自分のミニ電話を指差し笑う顔がちらついている。
『まじでやばいっすよね』
『ああ。社長も分かっておられる。だが、既に自分ですら止められないものとなってしまった』
『ワンマン経営の弊害ですか。変えるにはそこしかないんですかね』
わさびの塊を飲み込んでしまい、後藤はむせ返る。
『だが、大平家の系譜があるのも事実だ。そこを否定しすぎては会社の正統性にも関わる。譲れる人がいないというのもあるだろう』
『葵さんは、どうなんですか』
『まだお若すぎる。経験を踏まないことには』
テレビは定時ニュースの時間となった。聞きなじみのあるジングルが流れ、立花は顔を上げる。
『ええー。じゃあ、他にどうしたらいいのか……立花さん?』
見れば立花は目を見開き、テレビに夢中である。自身も同じ方向を眺めた。
それは、成長間もない日本の民間企業が、北極海航路の開拓に成功したという画期的なニュースだった。
『へえ、すごい。あの女性が社長なんですか』
『……いた』
『はい?』
立花はそれだけ呟くと、素早くそばを流し込み颯爽と店を出ていく。
『ちょ、ちょっと立花さん!?』
後藤もすぐに完食し、後を追う。
『どうしたんですか、急に。あの社長がどうしたんですか?』
『後藤くん』
『はい?』
『変わるかも、いや、変えられるぞ、華陽を』
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