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『うまくいったようね』
腕を組み、仁王立ちするさゆりの姿が見える。首を傾げ、意地悪そうに笑う姿が印象的だ。
『覚悟は決めた?』
『とっくにできています』
後藤は立花の顔をずっと見続けている。彼が何を考えているか見えてこないのだ。
『あの、立花さん、何を……?』
『後藤君。私はこれから、華陽の色に染まる』
『はい……?』
『変革を目指す者たちはことごとく潰される。ならば私はそこにつき、華陽を行くとこまで行かせてみせる』
会社を変えようとした矢先、上司に握りつぶされ、そして彼自身の暴走とはいえ、宇和島たちと散り散りとなる。シビアな世界を体感した立花の決心は既に固まっていた。
『自ら道化を演じて、会社を弱らせる、と。大した度胸ね』
『そんな……それでは立花さんが、立花さんでなくなってしまうじゃないですか!』
『ああ。下手すれば戻れなくなってしまうだろうな。そこで後藤君、君の出番だ。君は、柊さんのところへ行け』
後藤の頭の中は真っ白になっていた。
『どうしてそんなこと……。華陽は、どうするんですか?』
『後藤君、その華陽は私が頂くのよ』
さゆりが後ろから声をかける。
『あの会社は大平家の系譜を受け継ぎ過ぎた。その威光を拭い去ることはできないわ。いかなる逸材でもあの会社では異端児扱いよ』
『ならば、正統な異端児を持ってくればいい』
勘当されたとはいえ、さゆりの体には大平家の血が流れている。進退窮まったとき、それを瞬時に収められるカリスマ性と正統性を併せ持つ存在は彼女しかいなかった。
『私は華陽を壊したい。それと同時に守りたいんだよ。友と出会った、あの場所を』
こうでもしなければ会社は変わらないのか。尊敬してやまない先輩が笑み一つ浮かべず語る様を見て、後藤はその現実にある種の絶望を覚えた。
しかし、それは同時に希望でもある。
『……本気なんですね?』
『黙っていたのはすまない。だが君にしかできないことだ』
決して即断ではなかった。しかし、目を閉じ深呼吸をするたび、その思いは強まっていく。
目を開き、後ろを振り向く。後藤は、その日初めてさゆりの顔を見た。
『その先に、未来があるのなら』
彼女に向かって静かに頭を下げる。さゆりは手を差し伸べ、彼に応えた。
『安心なさい。生まれた日は違えど、死ぬ時は皆同じよ』
『とんだ桃園の誓いだな』
立花の笑いが響いた。
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