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「……じゃあ言わせてもらうけどねえ」
テーブルの側にあった水のペットボトルを掴む。葵は間髪入れずに振り返り、背後のホワイトボードへと勢いよく投げつけた。
予想だにしない衝撃音が会議室を覆う。場は既にそれまでとは全く異なる性質の張り詰めた空気を演出した。
「そう簡単に! 会社を壊せると思うな!!」
彼女は、過去最大のエネルギー全てをその一喝に注いだ。宇和島も思わず足を退いた。
「どいつもこいつも簡単に言うけど! 私が一番分かってるわよ!」
葵は大きく深呼吸し、彼らの目を見て、己の言葉で話し続ける。
「でもね、この家に生まれた以上、この会社を守る責任がある。だから私は、自分の手で変えるって決めたの。もう見てばかりは御免。守ってもらってばかりは御免なの。あんたらなんかに華陽を壊させはしない。壊すのは私よ! 邪魔をするな!!」
目を潤ませながらも決して逸らすことはしなかった。その時は、自分が負けたときだと思ったからだ。自分の感覚でなくなるほどに、宇和島の目を睨み続ける。
「ここの社長は私です。それを侵そうとした貴方たちを絶対に許さない。賛同した役員全員もです! 皆さんの名前と顔、全て覚えているわよ。追って処分は伝えます」
群衆はその勢いに圧倒された。宇和島は呆然と立ち尽くし、金城は全てが崩壊した現実を前に、立つのがやっとであった。
「立花常務、あなたも覚悟なさい」
葵の矛先はそれでは収まらない。
「黙って聞いていれば何てこと? 『アポロンと統合した後も』って私がいつそれを許可したの?」
「それは……」
「アポロンに身売りするつもりはありません! すぐに交渉を中止しなさい!」
全て言い終わった後、葵は立花に一度瞬きをしてみせた。それを見て、彼は深々と頭を下げる。弓月は誰にも気づかれない程度の笑みを浮かべ、席へと戻る。
群衆は哀しき背中を見せ、散り散りになっていった。前代未聞のクーデターと、アポロンによる華陽買収はいずれも失敗の形で終止符が打たれたのであった。
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