第1部「狼煙」

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第1部「狼煙」

「柊代表、マイルに関してです」  アポロンのスマートシティ開発会議は社内の主要幹部全員が出席する一大プロジェクトとなっていた。北陸の中山間地域に「アポロン」AIとデジタル技術を駆使した都市を建設し、様々な規制改革の実証実験を行う。結果は今後の経済政策に大きな影響を与える。政府主導とはいえ、そのグランドデザインはアポロンに委託されていた。アポロンの将来性も占うもので、さゆりたちに失敗は許されない。 「後藤君、どこまで分かったの?」 「葛城はマイルによる蓄電池を搭載した新型スマホ開発に成功していました」  会議室がざわつく。マイルの実用化達成はここ数年において、日本のみならず世界が頭を抱える最重要課題である。一部の国では政府が開発に5年分の予算を投じている。先行きの不透明なエネルギー情勢において、マイルの出現は光明であった。 「一抜けたってわけ」 「正直、これが世に出ればとんでもないことです。華陽が世界を獲っていたかと」 「『いた』ということは……実現はしなかったということね」 「はい。役員会議にかけましたが、すぐに却下されました」  今度は安堵と笑いが起こる。心が軽くなったのか、役員たちは思い思いに喋りだした。 「そりゃそうだ。彼にできても他ができるとは限らない」 「さすが華陽。価値を何も分かっていないとは、さすが倒産寸前なだけはある」 「ただ、技術があることは事実です」  さゆりは前に乗り出し、頬に手をついた。 「で、本題は?」 「実は、華陽側から、この技術を買ってほしいと打診がありました」  会場が本日一番のざわつきを見せた。さゆりの口角が上がる。 「へえ……」  「待ってください! 華陽は、負債を押し付けたいだけなのでは?」 「でも、私たちにとってはプラスでしょ? マイルの蓄電池を使えば、コストは今よりかなり抑えられる。向こうがそのやり方をわざわざ売ってくれるって言うんでしょ?」 「そ、それは……」  さゆりは右隣にいる男に目を遣る。 「そうよね? 立花さん?」 「もちろんでございます」  立花は常務室から露骨なまでに柔和な笑顔を浮かべた。 「改めて、お世話になります。華陽の立花と申します。この度御社がマイルによる蓄電池について関心があると伺い、セールスに参りました。こちら、製法も含め20億円でお売りいたします」  事前の打ち合わせを感じさせるように後藤が投げかける。 「それは製法だけでなく、一切の権利も含めて買切る、という解釈でよろしいですか」 「もちろん。弊社も資金繰りが厳しいんです。これを会社再建のきっかけとできれば」 「本当に、よろしいのですか?」 「どうぞ。こちらが持っていても仕方がないので」  後藤は椅子を回しさゆりを向く。 「よろしいですね、代表」  彼女は液晶用にかけていた大きめのメガネを外し、手を組んで静かに微笑んだ。
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