Leave it to you!

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タクヤはその質問が来るのを予想していたのだろう。 慧のいつも通りの固い表情の中に浮かぶ、怒りのような、失望のような、そんな感情を見透かしながら口を開いた。 「先生のおっしゃることはもっともですよ。これから仲を深めましょうってタイミングでそんなこと言われたら、ね」 当然そんな反応になるってもんですと、まるで他人事のようなそんな軽い口ぶりに、慧は思わず椅子から腰を浮かす勢いでテーブル越しの彼へと身を乗り出した。 「でしたら、その……!」 だが、タクヤはそんな慧のリアクションも読んでいたのだろう。 彼は目の前の男を宥めるように目を細めると、フッと口角を上げた。 そして、奇妙なことを口にしたのだ。 「でもね先生。これは先生のためでもあるんですよ」 「どういうことですか」 食い気味にそう尋ねる慧に、タクヤは怯んだ様子も無く男を見つめる。 慧はそれに気圧されてしまい、ごくりと唾を飲み込んで彼の目を見つめ返した。 「先生ってこうして急に大胆になったりもするけれど……基本、奥手な質ですよね?」 「奥手……」 「だって最初の時なんて、是非食事でもって誘ったくせに、その後一か月近くも音沙汰なしだったじゃないですか?」 「……」 痛いところを突かれ、慧は何も言うことができず押し黙る。 そんな彼の思った通りの反応に、タクヤはニヤケてしまいそうになるのを何とか押し留めながら「そんな先生も可愛いですけどね」とフォローを入れつつ、「でもね」と続けた。 「俺たちはもう、いい大人でしょ? 恋愛だけに全ての時間を割けるほどヒマじゃない。そんな中で、先生のこれまでのペースで進めていったら、きっと先生も俺も、あっという間におじいちゃんになっちゃいますよ」 タクヤは眉を下げ、くすくすと笑っている。 慧は即座に首を振り、「いえ、そんなことは」と否定しようとした……のだが。 そんな慧の方へと、今度はタクヤが身を乗り出す。 そして、中腰でテーブルへと手を付いていた慧へと上体を寄せると、その手を慧の手へとそっと重ねた。 「……!!」 驚きに声も出ない慧に、タクヤはニヤリと笑いかけた。 「それに、やっぱりこういうことには、ってのも大切ですから……ね?」 「……ッ」 あからさまに含みを持たせたその言い方に、慧は顔どころか身体中がみるみる熱くなっていくのを感じながら、彼の派手な髪色から覗くその淡い色の目から視線が外せなくなってしまっていた。 「タクヤ、さん……っ」 その目に吸い込まれるように、慧はさらにタクヤへと顔を近づけようとする。 タクヤもまた、さらにテーブルへと身を乗り出した……と思いきや。 慧の手の甲に重ねられていた温もりがパッと消える。 そしてその手は、慧の手前のマグカップに伸びていた。 タクヤはマグカップ二つを持って立ち上がると、くるりと慧へと振り返った。 「……と、いうことで、先生。これからよろしくお願いしますね?」 悪戯っぽく微笑みかけるタクヤ。 慧はだらしなくふやけた表情を慌てて引き締める。 そして、ソファにしっかりかけ直し背筋をピンと伸ばすと。 「こちらこそ……三か月で見切りを付けられないよう、頑張ります」 そのまま腰を折って深々と頭を下げる慧。 あの夜、仄暗いバーの片隅でも見かけたようなそんな光景に、タクヤは「だからそういうの、やめてくださいってば」と笑ったのだった。
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