Leave it to you!

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「私! やっぱりあの人無理です!」 美晴の叫び声がそう広くもない事務室に響く。 昨日、事件終了のお礼として頂いた焼き菓子をがつがつと頬張りながら、彼女は先輩の奈穂子に愚痴をこぼし続けていた。 「だってあの人、とにかく何をするにもいい加減なんですもん!」 はーっ、と大きなため息を吐き、ずっしりしたフロランタンを食べ終えた彼女は立て続けにマドレーヌに手を出す。 この職場の一番の魅力はいつも美味しいお菓子があることだと言い切るだけあって、美晴の食欲はとどまることを知らない。しかも、今日はその「あの人」との面談があったため、奈穂子にはこうなることは大体読めていた。 「さっきだって、例のあの後から出てきた通帳について聞き取りしたら、もう、『覚えてない』ですよ? 確かにまあまあ古い通帳だし、数万程度の引出しならそれも分かりますよ。でも、それが数百万っていうなら話が違うじゃないですか。絶対何か隠してますよね、アレ。例えばギャンブルとか、女……とか?」 美晴は手元の冷めた紅茶で喋りまくって乾いてきた喉を潤すと、斜め向かいに座る先輩へと首を傾ける。 奈穂子は書類を繰る手を一旦止めると、その白魚のような美しい指で頬に落ちていた髪を耳へと掛けた。 「まぁ、あり得ない話じゃないわよね。履歴ごまかすときってそういう場合多いものね。でもあの人、よくいる『先生じゃないと私言いませんから』タイプでもないじゃない?」 「そうなんですよねぇ……私たちと先生とで態度変えない点だけは、まぁ、いいと思いますけども……でも実際、あの人と契約してからとっくに半年以上経ってますよね? ほぼ同じ時期に同じ案件で来た前野さんなんて、もう少しで手続自体終わりそうじゃないですか。いったい、いつになったら申立てまで行くんですかね……先生!?」 その呼びかけに、無言でパチパチとキーボードを叩いていた男が顔を上げる。 齢三十そこらで、この『あさじま法律事務所』を立ち上げた「先生」こと朝嶋(さとし)は、直線的な鋭い眼差しを美晴へと向けた。 その顔色は青白く、健康的とは言い難い色をしている。ただ、痩せこけているかといえばそうではなく、凛々しい太い眉に切れ長の一重の目、少し鷲鼻気味の真っ直ぐな鼻筋、そしてやや厚めながらも引き締まった口元――と、なかなかに雄々しく精悍な造形をしているが、そんなものには何の価値も見出していないと言わんばかりのおじさんくさいシルバーフレームの眼鏡と、学生時代からほぼ変えてなさそうなかっちりした短髪が、彼の持って生まれた魅力を半減させていた。 「……」 慧はおもむろに立ち上がり、地味なスーツに包まれた百八十超の高身長をスッと伸ばしてゆっくりと給湯室まで行くと、粉のコーヒーを容器からそのままインサートカップへと適当に入れる。そこにお湯を電気ポットからジャバジャバと注ぐと、火傷しそうなほど熱いそれに口を付けた。 「まぁ……埜口さんにも色々あるのでしょう」 低く落ち着いた声で紡がれたある意味予想通りなその言葉に、美晴は言葉の代わりにさらに巨大なため息を返したのだった。
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