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神妙な恒の顔つきに、慧は「えっ」と短く声を上げる。
すると彼は「いや、命にかかわるような状態ではないんだけどね」とすぐに付け足しはしたものの、その声色は暗いままだった。
「まぁ、もともと身体も弱くて、ずっとだましだまし何とかやってきたらしいんだけど……それがこの間、職場で倒れてしまってね。その時、かかりつけの先生にかなりきつく言われたらしいんだよ、無理のし過ぎだってね」
「そうなんだ……」
「ただ、こういうことは初めてじゃないし、お母さんとしてはまた数日だけ休んで、復帰するつもりでいたらしいんだけど……それを妻が断固反対してね。いずれ近いうちに仕事もやめて、いったんはしっかり静養したほうがいいんじゃないかって話になっているんだ。ほら、向こうはお父さんももう亡くなっているだろう?」
「あ、ああ……そうだね」
(それは初耳だけどな……)と思いつつ、話を合わせておく。
恒は沈痛そうな面持ちで話を続けた。
「そういうことで妻がとても心を痛めていてね。実はここ数か月ほどは、ほぼ毎週末、こちらに来ていたんだよ」
「……毎週末!?」
「そう、毎週末。こちらで決めたこととはいえ、流石に堪えたね」
恒は眉を下げて力なく笑う。それでも、彼女のためにそこまでする兄は素直に凄いと思った。それほどまでに彼女を愛している、ということなのだろう。結婚式での終始目じりを下げていた彼の様子を思い出す。今でもその愛は一つも変わっていないようだった。
……そんな彼の姿を目の当たりにして、慧はまだ少しも塞がる気配のない、胸の奥の傷がじくじくと痛んだ気がした。
「で、そんな中しばらく妻と話し合いを続けていたんだけどね……ちょっと、大丈夫かい、ボーっとして……どこか具合でも?」
「えっ、い、いや、その……改めて、大変だっただろうな、って……」
「いやぁ、慧なら分かってくれると思っていたよ、この労力を……!」
恒は腕を組んでしみじみと深く頷く。
そして、「……と、いうことでね」と顔を上げた。
「僕も、こっちに事務所を構えようかなって思っているんだよ」
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