Leave it to you!

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「お待たせしました」 コーヒーと茶菓子を手に戻ってきた慧に、女性は「もう、ほんとに気を遣わないでくださいって」と首を竦めて来客用のカップを受け取る。 そして、一口味わった後それをテーブルへと置くと、身体の横に置いていた紙袋を「どうぞ」と慧へと手渡した。 「あの、これは……?」 不安そうに紙袋を見つめていると、彼女はくすりと笑って「ただのお菓子ですよ」と答えた。 「決して父の遺品とかではありませんので」 「……」 何と返したらいいか分からず戸惑う慧をまた少し笑いながら、彼女は「だから遠慮せずどうぞ」と紙袋をさらに押し出し、慧はすまなそうにそれを受け取った。 「色々とその、大変なときにお気を遣わせてしまって……」 「いえいえ。というか、こんな格好で来てしまってすみません。今日、父の四十九日だったんです」 「あっ、そうだったんですね。その、てっきり……」 「葬儀の方は父の希望で身内だけで済ませまして。でも、そもそも身内もそういないんですけどね」 「……」 「やだ、私また余計なこと言っちゃいましたよね」 ほんとごめんなさい、と笑う彼女はからりと明るく、前野さんとは180度雰囲気を異にしていた。見た目こそ彼の面影を存分に残しているものの、性格面はきっと母親に似たのだろう。 と、そんな彼女は「笑ってる場合じゃないわね」とぱっと姿勢を正すと。 「その節は、父が大変お世話になりました」 そう言って深々と頭を下げた。 「いやあの、そんな、ええと……とりあえず顔を上げてください」 そう頼めば彼女はすぐに身体を起こしたものの、「本当に先生にはお世話になったので……」と、身を乗り出して訴える。 こんな時、かつての父ならおそらく手でも握り締め、「お役に立てて何よりです」などと言いながらその思いを受け止めるのだろうが。 生憎そういうことが演技でも出来ないのが慧なのだった。 「私はただ、弁護士としての職務を果たしたまでです」 「でも……」 「むしろ、頑張ってくれたのは前野さ……お父様の方ですよ」 「父が、ですか?」 「ええ。お父様が協力的だったからこそ、こんなに早く手続きを終えることが出来たんです。提出書類の作成しかり、審尋に向けての練習しかり……ですから、そこまで感謝されるようなことは何も……あの、前野さん?」 「……」 極力冷たい感じにならないように伝えたはずだったが……なぜか彼女は口を閉ざしてしまった。 でも、決して間違ったことは言っていないと思う。 前野さんの破産手続きは、どこかの誰かさんとは正反対に、最初から最後まで非常にスムーズに進行した案件だった。だからこそ、本人が途中で亡くなったのならまだしも、家族からここまでありがたがられる程のことをしたつもりはなかった。 「あの、どうかしました、か……えっ!?」 無言の彼女を覗き込もうとした慧は、ぎょっとして目を見開く。 彼女の目から、ツーっと一筋の涙が零れ落ちたからだった。
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