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……と、そうしてぼうっと歩いていたタクヤの目に飛び込んできたのは、白地に黒のシンプルな看板。
それを見て、タクヤは思わず呟いてしまった。
「嘘だろ……」
ここまで来ておきながら、どこかでもう、その店は既に無くなっていると思っていた。
もしまだ存在するとしたら、少なくともタクヤの年齢以上、都会の一等地で店を構え続けていることになる。入れ替わりの激しい業界であることはタクヤも何となく分かっていたし、もし無ければ無いで、このもやもやとした気持ちにも踏ん切りがつくと思ったのだ。
……が、予想に反してその店はしっかりとそこにあった。
歩道に面した部分は全てガラス張りになっている店内から、眩しい光が夜道に漏れている。
中を覗けば、縁のないシンプルな鏡と、その前には客たちがずらりと横に並んでいた。
重いガラスの扉を恐る恐る引く。
白を基調とした空間は外から見るよりさらに明るく、タクヤはぎゅっと目を細めた。
「こんにちは!」
駆け寄ってきたのは背のすらりと高く、はっとするほど綺麗な女性スタッフで、タクヤはどぎまぎしながらぺこりと頭を下げた。
「ご予約ですか?」
「あっ、いえ……」
タクヤはしまった、という顔をする。そんな当たり前のことを忘れていたなんて。
そんなタクヤの様子を見てか、彼女は身をかがめてタクヤを覗き込むと、
「うち、予約の方優先なんですけど、予約の空き状況によっては、もしかしたらどうにか……ちょっと確認してきますね!」
と言うなり、受付の方へと戻ろうとした。
が、その時。
店の奥の方からのそりとやってきた、さらに背の高く、随分と年上に見える男。
その彼が、じろりとタクヤを見下ろしてきた。
「なに、この子」
「あっ、ええと、その、予約なしでいらっしゃったお客様で……」
女性は気まずそうに男から目を逸らすと、消え入りそうな声でそう答える。
男はそれについてうんともすんとも言わないまま、タクヤの前に出てドアを開ける。
そして、後方の女性客をドアの方へと促すと、そのまま一緒に店外へと出ていった。
「すっ、すみません。今日はやっぱり厳しいみたいで……」
「いえ、こちらこそすみません。失礼します」
小声で謝罪する彼女にタクヤはそう返すと、男が戻ってくる前に出てしまおう、とあの重いガラスの扉に手を掛けようとした。
と、その扉が外からぐいっと引っ張られる。
つんのめりそうになったタクヤは、ふと開いた扉の先を見上げた。
そこに立っていたのは、先ほど客と共に出ていったあの男だった。
「て、店長……」
明らかに周りと一回り以上も年が離れてそうなその男は、やはりこの店の店長だったらしい。
さっきの女性はオロオロしながら、彼の顔色を窺っている。
男はじろりとまたタクヤを見下ろすと、はぁ、と小さくため息を吐いた。
「わかったよ、俺が担当する。それでいいだろ?」
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