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「……何なんだよ、さっきから」
「……っ」
男の低い声に、タクヤはびくん、と肩を震わせる。
鏡の中で、バチンと男と目が合った。
「俺の顔、何か付いてる?」
男がずい、と顔を寄せてきて、タクヤは「ひっ」と情けない声を上げてしまった。
彼はそんなタクヤの反応がお気に召したらしく、くつくつと愉快げに笑うと、「で、お母さんは元気?」と尋ねてきた。
「……」
「……何、どうかした?」
心配そうな表情を浮かべた男に、タクヤはふるふると首を振る。
「いや……はい、元気です」
もしかしたら自分の父親かもしれない男に、しかし本当のことを言うのは憚られ、タクヤは結局そう返してしまった。
「そう、それは良かった。今度は一緒に来たらいいさ」
「……はい」
男はまた視線をタクヤの頭へと戻す。
「……」
タクヤは両ひざの上に置いた手のひらを、ぎゅっと強く握りしめた。
「あっ、あの」
「ん?」
「さっきの……名刺のこと、ですけど」
「うん」
「あの名刺の人って……あなた、ですか」
タクヤは鏡の中の男を、探るように見つめた。
喉はからからに乾き、それなのに握った手はすでに汗が滴りそうなほど湿っている。
どくどくと激しく鼓動する心臓が、そのまま口から出てしまいそうだった。
(もし、答えがイエスなら……この人が、俺の父親ってこと、だよな……?)
もちろん全て想像でしかないことだが……母が密やかに持ち続けていたそれが、「ただの名刺」であるわけがない。
あの日、母の口から聞いた情報を当てはめていっても、自分の予想がまるっきり見当はずれの推理だとは思えなかった。
「……」
ところが、なぜか男は無言のまま、タクヤの仕上げに取り掛かっている。
(集中し過ぎて聞こえなかったのかな)
タクヤは男に同じ質問をしようと、もう一度口を開きかけた、のだが。
男は一度、手を止めると。
「……あの名刺は、俺のじゃない」
低い声が、一段と冷たく白い空間に響く。
「……えっ」
「……」
男はふう……と、肺の中身を全て出し切ると、吐き捨てるように言ったのだった。
「俺はいちいち名刺なんて渡さないよ。あれは……兄貴のだ」
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