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日曜日のこの時間、ビジネス街にあるチェーン展開のカフェ。
普段はスーツ姿の男女で混雑してるそこは、街の人出と同様、閑散としていた。
「すみません、奢っていただいて」
「いやいや。それより、付き合ってもらって悪いね」
「いえ……」
二人分のアイスコーヒーの乗ったトレーを持ったタクヤは、店の隅、窓側のテーブル席にそれを静かに置く。タクヤの向かいに男が座った。
「それにしても……あの時の少年が、こんなに大きくなったとはねぇ」
「大きく、っていうか……あれから二十年近く経ってますから」
「時の経つのは早いってのは本当だな」
「そうですね、俺ももうおじさんですよ」
「そんなこと言ったら俺はおじいさんになっちゃうだろ」
男は笑うと、アイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れてかき回す。
氷がグラスに触れるたび、カラカラと涼やかな音が響いた。
「そういえばさ、あれから結局一度も、店に来なかったけど――」
「あっ、それは……っ」
「違う違う、責めてるとかじゃないんだ」
男は慌てて首を振ると、マドラー代わりにしていたストローをグラスから抜き取った。
「最初はさ、おまかせでお願いしてくれたあの髪型、実は気に食わなかったんじゃないかって思ったりもしたけどね」
「えっ……」
「意外? こう見えて結構繊細なのよ、俺」
男は肩を竦めると、グラスから直接、コーヒーを喉へと流し込む。
暑い日にはこれに限るねぇ、とまるでビールでも飲んだかのような台詞の後、「でも、後で台帳見て驚いたよ」と続けた。
「まさか、あんなに遠くから来てくれていたなんてね。それなのに、お目当てだった兄貴は居ない上、俺にあんな失礼な態度を取られて……本当に申し訳ないことをしたなって……」
色素の薄い男の目が、タクヤをまっすぐに見つめる。しばらく切っていなそうな、緩く癖の入った髪がはらりと目元にかかった。
甘い顔立ちだと言われることの多いタクヤだったが、男はさらに輪を掛けて甘く、そのくたびれた雰囲気すら、彼の色気を引き立たせてしまう。
さっき彼は電話が鳴ったとき「デートの誘いかな?」と言っていたが、あれがただの冗談だったとして、これは女性が放っておかないだろうと思った。
「今更なんだって思うだろうけどさ」
「……」
「あの日の俺のこと、許してくれるかい?」
「……っ、はい」
タクヤは男の視線から逃れるべく、手元のアイスコーヒーに口を付ける。
男のようにあるものを全部入れたりしないブラックコーヒーは、程よい酸味が乾いた喉に心地よかった。
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