Leave it to you!

234/305

428人が本棚に入れています
本棚に追加
/305ページ
「……」 埜口はさっきまでの軽口もおちゃらけた雰囲気も消し去ると、じっと自らの左手に視線を移した。 タクヤの話題を逸らす作戦は功を奏した。でも。 (やっぱり、聞かなきゃよかったかな) タクヤの目の前で、辛そうな声を上げスマホを取り落とした埜口。それなのに、彼はそのことがまるで無かったかのように振る舞っていた。それだけ、彼にとっては隠しておきたいこと、だったのだろう。 タクヤは俯いている男から目を逸らした。 「すみません、余計なことを聞いてしまって。忘れてください」 タクヤは席を立とうと椅子を引く。 タクヤに謝りたいという埜口の目的は達成されたわけだし、これ以上ここにいても、今みたいな気まずい空気が続くだけだろう。 タクヤは「すみません」ともう一度謝ると、テーブルに背を向ける。 ……が、一歩踏み出そうとした、その瞬間。 「待ってくれ」 男の低い声に呼び止められる。 タクヤが振り返ると、埜口は顔を俯けたまま、グラスを握りしめていた。 「……埜口さん」 「……」 彼は口を引き結んでいる。 タクヤは黙って、彼の次の言葉を待った。 それからしばらくして。 「悪いね、気を遣わせて」 埜口はそう呟くと、ゆっくりと顔を上げる。 タクヤは首を振った。 「今までずっと、無駄に秘密にしてきたからかな……いざ喋ろうって思うと、妙にこう、改まってしまってね」 埜口はグラスから外した手を、もう一方の手――さっきスマホを取り落とした方の手にそっと宛がう。 おそらく彼の利き手であろうその手は、よく見ると、少し震えているようだった。 「少し、昔話に付き合ってもらえるかい?」
/305ページ

最初のコメントを投稿しよう!

428人が本棚に入れています
本棚に追加