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先生の力強いまなざしが、目の奥へと注がれる。
タクヤは瞬きもせず、慧に対峙していた。
先生の告白はいつも心を痺れさせるほどに熱く、タクヤを嫌というほど揺さぶってきた。
タクヤのために何かをしたい。喜ばせたい。愛したい……不慣れながらも、常に彼は真剣にそう訴えてくれた。
でも、今の彼の言葉は、そんな今までの彼とは全く違っていた。
タクヤのためじゃない。先生自身のためだけに、タクヤの愛が欲しい――
「すみません」
低い声に、はっと我に返ったタクヤがその声の先を見ると。
慧はタクヤに頭を下げていた。
「自覚はあるんです、わがままなことを言っていると。でも、これが僕の、偽らざる本心です」
慧はそう言い切ると、伏せていた顔を上げた。
「タクヤさん」
先生は答えを求めている。いますぐ、この場で。
先生がまだ、自分を求めてくれている。願ってもないことだった。
自分のせいで切れてしまった、慧との縁。それをもう一度繋ごうと手を伸ばしてくれたのは、やはり彼だった。
先生の気持ちに応えたい。
それなのに、タクヤはその手を掴むのを躊躇ってしまう。
(本当に、できるのか……こんな俺に)
先生と初めてデートした、あのレストランの夜。
もう一度チャンスが欲しい、そんな先生の熱烈な訴えに、タクヤは冷たく『ノー』を突き付けた。
あの時も同じことが頭を過って、彼に背を向けたのだ。
彼はタクヤを恋愛巧者みたいに思っているかもしれないが、そんなことは決してない。自分の欠けている部分とちゃんと向き合って苦しんできた先生に対して、自分はそれを、他の温もりでてっとり早く埋めようとしていただけだった。
自らを愛してほしい。そうすることで自分を乗り越えられると先生は言う。でも、自分の愛が欠陥品だということをタクヤは分かっている。
胸が……というより、物理的に胃がきゅう、と痛む。
期間限定だったときは、先生も、そして何だかんだ自分も、どこか気を張っていたところがあった。だからこそ成り立っていた関係だったのだろう。
でも、今度はそうもいかない。
できる気がしない。彼を、大きな愛で包み込むだなんて。
それなのに……彼が諦めずに差し出してくれた手を、タクヤはもう、振り払いたくないと思ってしまっている――
ぽたり、とタクヤの組んだ両手の上に、水滴が落ちる。
ふと頬へと手を伸ばす。指先に感じる、濡れた感触。
それが、次々と頬を流れ落ちていく。
いつの間にか伏せてしまっていた顔を上げると、彼は目を見開き、タクヤを見つめていた。
「先生……」
先生が席を立ったのが、まるでスローモーションのように目に映る。
そして次の瞬間には、大きな体がタクヤを覆っていた。
「タクヤさん……!」
力強い、先生の腕。分厚い身体。先生の匂い――
「……っ、せん、せい……!」
頭をがしりと包み込む、大きな手。
タクヤは慧の胸に縋りつく。そして、堪えきれず嗚咽を上げながら泣いた。
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