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それは春も間もなくという頃、雪のちらつく日だった。
おじの予想通り、母は二度と鋏を持つことは叶わなかった。
そして結局、入退院を何度か繰り返したものの、桜の季節を迎える前にこの世を去ったのだった。
「ねぇねぇ、あの息子さん……タクヤくんだっけ? あの子って今何年生?」
「今年の春から専門学校って聞いたわよ?」
「あー良かった、じゃあ何とかなりそうね」
火葬場での待ち時間、お手洗いへと向かったタクヤは、ふと聞こえた自分の名前に足を止めた。
「もう立派な大人だもの、私たちが面倒みる必要ないでしょ」
「っていうか、もしまだ小さかったとしても引き取るなんて無理だしね。とりあえずは一安心じゃない?」
「まさに不幸中の幸いってやつよね」
「ほんとほんと!」
すぐ傍にタクヤがいることに気付かない遠い親戚たちは、あけすけな話題で盛り上がっている。
タクヤは物音を立てないようにしてその場を後にした。
彼女たちが言うように、タクヤは高校卒業後、美容師の専門学校に進むことは既に決まっていた。
ただ、予定外だったことが一つあった。家から通うつもりだったのが、おじがあの店舗兼自宅を売りに出すことに決めたために、どこかにアパートを借りなければならなくなったことだった。
「タクヤくん、とても立派だったよ。辛い中涙も見せずに、よく頑張ったね」
喪主を務めたおじの車で家へと送ってもらう途中、彼はタクヤにそう言って微笑んだ。
が、タクヤがそれについて何か返そうとしていると。
「ところで、一つとても大切な話があってね」
そう前置きしてからおじは、タクヤの後見人の話をし始めた。
未成年であるタクヤの後見人に自分が就くこと。それに伴って、相続したお金についてはおじが管理するということ。学校や一人暮らしに掛かる当面の費用は面倒を見るが、その後何か入用になった際はその都度おじに相談すること――
タクヤはおじの提案全てに頷いた。
安堵の表情を浮かべたおじは、「今日はゆっくり休むんだよ」と言ってタクヤを家の前へと下ろすと、にこやかに手を振ってから走り去っていった。
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