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「……」
リビングに足を踏み入れたタクヤは、声も出せずに棒立ちになった。
(何だこれ……!)
玄関の状態から予想できたことではあったが、彼の部屋はとにかく整然とし過ぎるぐらい、整然としていた。
大型のテレビとソファに、シンプルなローテーブル。ゴミ箱すらないその部屋は、およそ人が住んでいるとは思えないほどだった。
「あの、やっぱり何かありましたか……?」
不安そうにこちらを覗き込む先生に、タクヤは慌てて首を振る。
「いえ、ただ……すごーく片付いているな、って思っただけです」
……正直、片付いているとかいうレベルを越えているのだが。
すると、慧は困ったような笑みを浮かべた。
「最近はあまりこの部屋にいることが無かったもので。ほとんど寝に帰るようなものでしたから」
そう言ってすぐ、慧は「良かったら座っていてください」とタクヤをソファへと誘うと、どこかへ姿を消してしまったのだった。
いかにも借りてきた猫みたいにソファに腰掛けながら、タクヤはぼんやりともの思いに耽っていた。
(そういえば先生、だいぶやつれていたよな)
さっきまで照れたり戸惑ったりと、相変わらず「どこがポーカーフェイス?」と思うぐらい百面相をしていた彼だが、よく見ればその目の下にはうっすらとくまも出来ていて、ずいぶんと疲れた印象だった。
彼のお兄さんやお父さんとの件。その上さらに申し訳ないことに自分との件など、色々と頭を悩ませながら、日々の弁護士としての仕事をこなしていたのだろう。
ふと、ついさっきまで一緒にいた埜口のことを思い出す。
彼は、本気で恋愛している先生に心を動かされた的なことを言っていた。そこまで影響を与えられるぐらい、二人の間には信頼関係があったのだろう。
先生は「弁護士はお前の天職ではない」という父親の言葉を信じているようだが、タクヤはそれは違うとずっと思っていた。
「他の道に進む勇気も気力も無いのです」――彼はそんなこともあのレストランでの夜に語っていたが……依頼人のために淡々と、人一倍努力できる、そんな先生が『天職』でないのだとしたら、一体どんな人が『そう』だといえるのだろう。
店のこととなると熱くなり、それしか考えられなくなってしまう自分。一方、仕事は仕事と考えつつも、そこに真摯に向き合える先生。
(スタンスは違うけど、根っこのところって、実は同じなのかもな)
そんなことを考えていると。
「お待たせしました」
スラックスの裾やワイシャツの袖を捲り上げ、若干息を切らした先生がリビングへと戻ってきた。
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