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「すみません、長くなってしまって」
髪をタオルで乾かしながらリビングに戻ってきた先生は、上は白いTシャツ、下は黒いスウェットという、今まで見たことのないラフな格好だった。
当然部屋着なのだから何も問題ないはず、なのだが。
「あの、申し訳ないです、こんな格好で」
タクヤの視線に気付いた慧は、恐縮そうに首を竦める。
「バスローブ、家に無くてですね……」
いや、大抵の家はそうだろうし、というかそんなことはどうでも良かった。
問題は、そんな彼の姿に胸を高鳴らせているタクヤ自身の方なのだ。
先生の鍛えられた胸筋も、逞しい太腿も、その薄手の生地からはっきりと分かってしまう。もう裸だって見慣れているはずなのに、そんな服装一つでこんなにどきどきしてしまうなんて。
「……タクヤさん?」
「うわっ!?」
気付くと目の前に慧の顔があり、タクヤはびくりと身体を跳ねさせた。
「さっきからどうにも様子がおかしいですけれど……もし、気分が優れないのでしたら、今日は無理しなくても――」
「いえ!」
タクヤはぶつりと彼の言葉を切る。
そして、すぐ傍の慧の頭を、ぐいっと自分の顔へと近寄せた。
「わっ、タクヤさん!?」
「……」
タクヤは間近で男の顔を見つめる。
やはり疲れが溜まっているようだが……その恰好や濡れて目にかかるその髪は、普段は年齢以上の落ち着きを醸している彼を年相応以上に若く見せていて。
自分でそうしておいてますます鼓動が早まってしまったのを悟られる前に、タクヤは慧を下から覗き込むように見つめた。
「先生……俺の心配より、自分の心配をしたらどうです?」
「えっ?」
「先生の方こそ、だいぶくたびれている気がしますけど……無理なら別にやめたっていいんですよ?」
……思った以上に試すような言い方になってしまったが、半分はタクヤの本心でもあった。本当ならそのまま何もせず寝た方が絶対にいい。だが思った通り、先生はすぐに「いいえ!」と突っぱねてきた。
「絶対にやめませんから」
意外と頑固なところもある先生のことだ。こうなるともうてこでも動かない。
(何だか子供同士の意地の張り合いみたいだな)
タクヤは半分呆れたように「わかりました」と呟く。
そして、彼の耳元へと唇を寄せた。
「だったら……イイコにして待っていてくださいね?」
そのまま軽く、耳たぶにキスをする。
「……ッ、タクヤさん……っ!!」
耳を覆い真っ赤になった先生に、タクヤはニッと笑いかける。
ずっと彼に握られっぱなしだった主導権を、ようやく取り返せた気がした。
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