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リビングへと戻ってきたタクヤは慧の座るソファの前で立ち尽くしていた。
あれこれ悩み過ぎて相当長湯をしてしまった自覚はあった。だから、こうなることはまぁ、予想できないこともなかったけれど……。
ソファに腰掛けたまま大きな体を丸め、気持ちよさそうに寝息を立てている慧。
「……」
そんな彼の姿を見やりながら、タクヤは残念というよりかはホッとした気持ちになっていた。あんな気持ちのまま体を重ねていたら、いったいどんな醜態をさらしていたことだろう。考えるだけで背筋が寒くなる。
……にしても、そもそもここの空調は効きすぎている。このままじゃ湯上りの先生は風邪を引いてしまうだろう。
何か身体にかけるものを持ってこなければ……と、寝こける慧に背を向けようとした、その瞬間だった。
「わっ」
タクヤは思わず振り返る。
その目線の先、がしりと掴まれた手。
「えっ、ちょっ……、先生?」
「……いかないで」
どこか甘えたような声だった。
タクヤはそのお願い通り足を止め、声の方を見つめる。
だが、先生は相変わらずの姿勢のままで。
「あの、先生……?」
「……」
「起きてます、よね……?」
「……」
返事はない。
タクヤは繋がれた手はそのままに、ゆっくりとその場にしゃがみ込む。
そして、下から先生の顔を覗き込んだ。
「うそ、マジで寝てる……」
先生の目は閉じられたまま、聞こえてくるのは、すうすうと穏やかな寝息だけ。半開きの口からは今にも涎が零れ落ちそうになっている。
……あの先生に、ここまで迫真の「寝ているふり」ができるだろうか?
ずっと握られたままの左手。眠っているせいか、よりぽかぽかと温かい、先生の右手。
タクヤは寝室の方へ行くのを諦め、彼を起こさないよう、ゆっくりと慧の隣に腰掛ける。
そして、握りしめた手をそっと彼の太腿の上に置いた。
「いかないで、なんて……それは俺のセリフですよ、先生」
「……」
タクヤが目を開けると、暗い天井が映る。
背中にはソファの感触。身体の上には薄手のタオルケットが掛けられていた。
「あれ、ここ……」
むくりと起き上がり、寝起きでぼやけている頭で辺りを見回す。
インテリアの類も無い、シンプル過ぎる部屋。
「あっ、そうだ、ここは……」
ようやくここが何処か思い出したタクヤは、この家の主がいないことに気が付いた。
「先生?」
と、その声に応えるように、ガチャリとドアが開く。
まだタクヤが寝ていると思ったのだろう。足音を消し、そろりと部屋へと入ってきた先生は、ソファに腰掛けているタクヤを見て目を見開いた。
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