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「……はい?」
タクヤはきょとんとして彼の方を振り向く。
「あの先生、今、何て?」
「ですから、タクヤさんと、したい、と……」
「俺としたいってのは、何を……って、あっ……!」
「……ッ」
先生の方を見ても、強く抱きしめられているせいでその表情は見えない。
が、こんな暗闇でも分かるぐらい、耳も首筋も赤くなっていた。
……いや、でも。
「先生、今何時か分かります?」
「ええと……四時、です」
「明日、というかもう今日って感じですけど……先生、もちろん仕事ですよね?」
「はい。でも、午後からなので」
「……」
「タクヤさんは、お休み……ですよね?」
「…………はい」
……完全に墓穴を掘ってしまった。
さっきの不用意な発言が悔やまれ過ぎる。何が『どんな言葉も、受け入れますから』だ。そう言ったからには、先生の期待に応えないわけにはいかない。
でもまさか、先生があんなことを言ってくるなんて。いや、先生はああ見えて、結構積極的な質なんだった……。
そうしてしばらく固まったままだった二人だったが。
沈黙を破ったのは慧の方だった。
「タクヤさん」
「……は、はい?」
「その……やっぱり、嫌、でしたよね」
「へっ?」
と、抱き締める力がふっと弱まる。
さらに、タクヤの背中に回されていた手が肩を掴んだと思うと、彼から身体を離されてしまった。
「すみません、タクヤさん」
タクヤの目の前で、慧はしょんぼりと項垂れていた。
「タクヤさんも疲れているというのに……あまりに身勝手でした」
「いや、そんな、」
「本当に申し訳ございません」
慧は小さな声でそう呟くと、スッとソファから立ち上がった。
「あの、タクヤさん。良かったらベッド、使ってください」
「えっ」
「僕はもう十分寝てすっきりしましたので。持ち帰った仕事もあるので、少しそれをやっつけますね」
やっつける、だなんて、まるでタクヤみたいな言い方だ。ほとんど明かりの無い中でも、先生がこちらへ微笑みかけているのが分かる。タクヤに気を遣わせまいとしてだろう。
「こちらです」
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