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「先生」
「はい、……っ!?」
タクヤは慧の顔を両手で挟み込む。そして、間髪入れずその唇に唇を押し付けた。
子供同士がふざけてするような、そんな一瞬の、色気の欠片もないキス。
「た、タクヤ、さん……?」
「……」
いまだ何が起こったかよく分かっていない慧。
その首めがけ、タクヤは思いきり抱き着いた。
「え、えっ、あの……!?」
「……、なかったです」
「……はい?」
「嫌じゃ、なかったです」
頬が一瞬にして熱くなる。ほんの一言でしかないのに、改めて言葉にすると思った以上に恥ずかしい。
……そんな思いをしたというのに。
「え、ええと、すみません」
「……なんですか?」
「その……嫌じゃ、なかった、というのは……?」
「……~~ッ!」
(いやいや、さっき自分が聞いたんじゃないか……!!)
先生に他意が無いのはもちろん分かっているが、それでもこれはあんまりだと思う。
「だから、その、昨日……!」
「……?」
「もう、つまり……!」
一向にピンと来てくれない先生に、タクヤはもうどうにでもなれという気持ちで叫んだのだった。
「き……きもち、よかったってことです……!」
だから、そんな顔しないでください。タクヤはそう付け足すと、死ぬほど真っ赤な顔を決して見られまいと、さらにきつく慧の首に腕を絡めた。
「タクヤさん……っ」
慧の力強い腕がタクヤの腰に回る。ただ、そこは昨日さんざん酷使したところでもあり、タクヤの再びの呻き声に慧は「すみません!!」と身体を離した。
なんだか嵐のような一幕だったが……ようやく、お互い見つめ合う。
ある意味これもいつも通りポーカーフェイスを何処かに置いてきたらしい慧は、胸の内にあるものを隠し切れない様子でタクヤと向き合っていた。
タクヤは耐え切れず、また目を逸らそうとしたのだが。
「ぁ、……っ」
それよりわずか先に、慧の指が顎を掬い上げる。
次の瞬間には唇と唇が触れ合っていて、でもそこに、さっきのような幼さはとうに無く。表面をなぞるだけだったそれは、すぐに深いものへと変わっていった。
キスの正しいやり方を教えてほしいと頼まれたのが、はるか昔のことみたいだ。
優秀過ぎる生徒っていうのも困りものだな、そんな少し悔しい気持ちは胸に秘め、タクヤはその甘くて熱い舌に応えることにしたのだった。
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