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存分に、いや存分過ぎるほどキスを楽しみ、なんならベッドに乗り上げそうにまでなっていた慧は、「先生、時間!」というタクヤの声にハッとして腕時計を確認すると慌てて立ち上がった。
……ついでに、彼の巨大なブツもスラックスの中で大層窮屈そうにしていたが。
「ったく、ギリギリまでこんなことしてるからですよ!」
「すみません……っ」
「事務所に入る前にそれ、どうにかしてくださいね?」
「はい……」
ほら行った行ったと急かされながら、鞄を手にした先生だったが。
部屋を出る直前、くるりとタクヤの方を振り返った。
「ん、何ですか?」
「その……」
こんなときにまだもじもじと言い淀む慧に、わざとらしく壁の時計を見やる。慧は「すみません!」とまた謝ると、「……さっきのこと、なんですが」とようやく続きを口にした。
「さっきは、体調が良くなったらきっとご自宅に戻られるだろうって思って、あのように言ったのですが……」
「ああ、あの、オートロックだからそのまま帰っていいってやつですか?」
「ええ、はい。でも……」
慧はそこで一度言葉を区切ると、すうっと息を吸いこむ。
そして、すでに赤く染まった顔でタクヤを見つめた。
「もし、良かったら、ですが……僕が帰宅するまで、その……ここに居て、くれませんか」
最後の方はほとんど聞き取れず、しかも一度合わせたはずの視線も、またふらふらと彷徨い出している。
(あんなに好き勝手やってたくせに、ここで照れるのかよ)
その姿が情けなくて、でも放っておけなくて。
タクヤはくつくつと背を丸めて笑ってしまった。
「それはまぁ、いいですけど……でも、今日はもう、無理ですよ?」
「無理、って……あっ、いや! 決してそういう意図で言ったのではなく……! た、ただ……」
「ただ?」
「その、できれば一緒に、夕飯でも、と……」
辛うじてそこまで伝えると、先生はとうとう俯いてしまった。
……そんな可愛い先生のお願いであれば、聞かないわけにはいかないだろう。
「じゃあ……何か食べたいもの、あります?」
食材があれば、ですけどね。そう付け足すと、先生は「帰りにたくさん買ってきます!」と大声で宣言したのだった。
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