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『これからしばらくの間、なかなか会えないかもしれません』――
その言葉通り、タクヤと会えなくなってからひと月あまり。
とはいえ、そのチャンスが皆無だった訳ではなかった。……が、そんな時に限って依頼人との急な打ち合わせが入ったり、先輩弁護士からの断れない飲みの誘いがあったりと、慧の方が都合がつかなくなるもので。
もちろん、メッセージのやり取りなどはしていたが……だとしても、全く会えないことがこんなに辛いものだとは思ってもみなかった。巷に恋愛の歌が溢れる理由が、今なら痛いほど分かる。
「はぁ……」
(タクヤさん……)
「ちょっと、先生!」
「……っ!!」
びくんと大きく身体を震わせて声の方を振り返る。すると、ファイルの束を抱えた美晴もまた大きな目をさらに丸くしていた。
「何ですかもう、こっちが驚いちゃったじゃないですか!」
「すみません……ぼーっとしてました」
「先生、疲れてますね。○○先生と会ってきたのなら、確かに分からなくもないですが」
「いえ、まぁいつものことですし、それほどは……」
「じゃあ何ですか、そのため息は……って、そっか、『あの人』のことですね?」
美晴は慧の返事を待たずにニヤリと笑う。
「何ですか先生、またラブラブな状態に戻ったんじゃなかったでしたっけ?」
「いや、ラブラブって、そんな……」
「またまた、照れないでくださいよ~」
にやにやとした顔を隠そうともしない美晴は、今度は奈穂子に目配せをする。
休憩中で紅茶とお菓子を楽しんでいた奈穂子は、自らのカップを置くと、何故か二人を通り越して給湯室へと向かう。
数分後、戻ってきた彼女の手には二人分のコーヒーが湯気を立てていた。
「では一旦、お二人も休憩にしましょう? ……積もる話もあることですし、ね?」
ちなみに、彼女らには今までのタクヤとの付き合いが『お試し』で、この度正式な恋人になったということまでは伝えていない。それゆえ、彼女たちは二人が『よりを戻した』と思っているらしい。ただ、それも慧からわざわざ言った訳ではないのだが……本当に女性の勘というのは侮れない。いや、単に自分が分かりやすいだけなのかもしれないが。
「ね、先生?」
「……」
……そして、色々と気を遣わせたり気を揉ませたりした自覚はあるので、こうして絡まれることに対してはなかなか強く出られないのだった。
と、その時。
ピンポーン。
明るいチャイムの音が事務所にこだまする。
美晴は「もう、何ですか良いところなのに!」とどすどすと足音を鳴らしてインターフォンへと向かう。
「奈穂子さん、今日この後で誰か来る予定、ありましたっけ?」
「いえ、特には……」
「はい、どちら様ですか……って、うそ、先生!」
くるりとこちらを振り向いた美晴は、目を見開いてモニターを指さしていた。
『先生~!』
画面越しから聞こえる声。
妙に馴染みのあるその声の主は――
「この人って……あの埜口さん、ですよね!?」
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