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「先生、久しぶり~!」
およそ二か月ぶりに会った埜口は、以前のような着古したスウェットにジーンズといったラフな出で立ちから一変、カジュアルなジャケットにスラックスという、彼にしてはかなりかっちりとした格好をしていた。
しかも、何より変わったのは。
「埜口さん、その髪……」
後ろで適当に束ねていただけの伸ばしっぱなしだった髪。それが、綺麗さっぱりなくなっている。
いや、それだけではなかった。
艶やかな深い茶色に染められた髪は、襟元やもみあげの辺りまではすっきりと短く刈り込まれていて、一方目元の方は少し長さが残してある。その絶妙なバランスが、今までのどこか退廃的な感じとは違う、爽やかな色気を彼にもたらしていた。
「ああ、これ?」
埜口は若干照れたように笑うと、前髪をぱさりと軽くかき上げた。
「かっこいいでしょ?」
「はい……よく似合っています」
「だよね?」
埜口は遠慮せずにそう返すと、美晴や奈穂子にも同じ質問をして回った。
「ええ、とても素敵ですよ」
「まぁ、以前よりはずっといいんじゃないですか? っていうか、埜口さんっていうより美容師さんの腕のお陰ですけどね」
素直じゃない美晴のそんな台詞に埜口はまた小さく笑うと、慧の方へと顔を戻した。
「これね、先生のところの依頼者さん……いや、友達かな? その彼に切ってもらったんだよ」
「……えっ?」
「いるでしょ? 美容師のさ。タクヤくんって言ったかな」
「えっ、うそ……!?」
慧が反応するより先に、美晴の悲鳴じみた声が響く。
「何、そんなに驚くこと?」
「えっ、い、いや、別に……っ」
美晴はそう言いながらも、ちらちらと慧に目線を送る。埜口はそれを気にすることなく、いたく感心した調子で続けた。
「やっぱりあの子、上手だねぇ。全部お任せでってお願いしたけど、こっちの期待をずっと上回ってきたもんな。伊達にあの場所で長くやっていないよね。ま、といっても今回はそもそもの素材が良かったわけだけどさ」
「とりあえず最後のは置いておくとして……珍しいですね、埜口さんが誰かを手放しで褒めるなんて」
「いや、俺だっていいと思ったものは素直に褒めるほうよ? 例えばお姉さんだって――」
「何かあったんですか?」
事務室から持ってきたコーヒーを一口含むと、美晴は埜口と慧を交互に見やる。
すると埜口は何故か、ふふんと得意げに鼻を鳴らした。
「まぁ、『何か』どころじゃなく、色々と昔、あったけどね……?」
そう言って慧の方にすっと視線を送った。
「ちょ、ちょっと、色々って何ですか埜口さん……!?」
美晴はコーヒーが零れそうな勢いでカップを置くと、彼の方へと身を乗り出す。一方の埜口は意味深な笑みを浮かべるだけで。
「ま、色々は色々だよ」
「だからどういうことですかそれ!?」
「……」
慧は何も言わず、いや……何も言えず、二人のやりとりをただ眺めることしか出来なかった。
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