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(タクヤさんと知り合いだったのか……)
しかも、埜口の口振りからすると随分と前から彼のことを知っている、らしい。世の中は狭いとは言うが、それにしてもここまでとは。
美晴とやいのやいの言い合っている埜口。
タクヤとは親と子ほど年の離れた二人だが……こうして改めて見ると、埜口は年齢よりはるかに若く見えるし、何よりとてもモテるのだ。多少話を盛っているにしても、彼を助けてくれる女性は実際何人もいるようだし、そうしたくなる何かがあるのも分からなくはなかった。
そういえば以前、事務所に突然やってきた前野さんの娘さんも、彼のことをカッコいいと言っていたことを思い出す。
自分ほどでは無いが高い身長に、優しげに垂れた目元。でも、どこかやんちゃな雰囲気と、それに反した大人の余裕も感じられる。
そんな彼が、もし、女性以外も恋愛対象とする人間だとしたら――
『まぁ、『何か』どころじゃなく、色々と昔、あったけどね……?』
埜口の台詞が蘇る。
タクヤの気持ちを疑うことは万に一つもない。それでも、胸に充満していくこのもやもやとした気持ちは何なのだろう。
(昔は昔だろ。終わったことだ)
(いやでもついこの間、わざわざタクヤさんに会いに行ったってことだよな?)
「…………」
「もう埜口さん、これ以上先生を揶揄わないでいただけます?」
そう言いながら彼の前にカップを置いたのは奈穂子だった。
「あと、このお菓子、ありがとうございます」
彼女は一人一人に小皿を差し出していく。
「あっ、これ、あの有名な所のやつじゃないですか~!」
美晴は吊り上がりっぱなしだった目尻をへにゃりと下げると、手の中のつやりとしたチョコレートケーキを見つめた。
「すごーい……」と既にうっとりとしながら、添えられていたフォークで慎重にその端を掬う。クリームと果実が織りなす美しい断面に、美晴は「うわぁ……」と更なる感嘆の声を上げた。
「でもこれ、朝イチで行かないと手に入らないって噂ですけど……もしかして、わざわざそうして並んで買ってきてくれたんですか?」
その問いに埜口は少し照れくさそうに「……まあね」と頷く。
「お姉さんたちの、そういう顔が見たかったから、ってのも理由の一つではあるけどね。でも、一番は……ようやく、いい報告が出来そうだから、ってところかな」
「いい報告、ですか?」
「ああ。実はね……」
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