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「いや、カマを掛けるつもりはなかったんだけどね?」
「……」
「でも、ヨリを戻せたようで良かったよ」
「え、ええ……お陰様で」
明らかにぎこちないその台詞に、埜口は意地悪く笑みを深める。
「でもさ……ほんと彼、可愛いところあるもんなぁ」
「……はい?」
「店に来てくれたときは、そりゃあ若かったし、初めてこういうトコ来ました~って感じで可愛かったけどさぁ。でも、この間カフェで色々話した時もさ、いちいちムッとしたり、そう思ったら赤くなってみたり……意外と顔に出るタイプなんだね?」
「……」
「あの見た目にあの雰囲気、俺ほどじゃなくたって絶対、モテまくってきてると思うんだよなぁ。なのにそういうとこ、なーんか構いたくなっちゃうって感じでさ。わかるよね?」
「……」
「これも何かの縁だしさ。今度、飲みにでも誘ってみようかなぁ」
「…………」
「先生、そういう無言の圧力、良くないと思うよ~?」
埜口はけらけらと笑うと、ぽんと慧の背中を叩く。
「ってことで、お幸せにね」
「……ありがとう、ございます」
「あ、でも飲みの件はマジだから。今度行こうよ、もちろん三人でね!」
「……考えておきます」
いかにもなその返事に埜口はまた声を上げて笑うと、慧の背中をバシバシと叩いた。
「じゃあ元気でね、先生!」
彼はぶんぶんと手を振ると、今度こそ階段を駆け下りていった。
慧はふう、と一つ息を吐く。見た目こそすっかり変わったが、人を振り回すパワーは全然変わっていない。流石埜口さん、といったところか。
正面の窓からは、夕焼けの色に染まりかかる街並みが見えた。
秋の日は何とやらというが、本当に日が暮れるのが早くなった。
「……」
(決着を付けなきゃな……俺も)
赤い夕陽を睨むように見つめる。
慧はそれに背を向けると、事務所の扉に手を掛けた。
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