Leave it to you!

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「何飲んでるんですか?」 「ウイスキーだよ」 「うわ店長、カッコ付けてます?」 「付けてないっての」 「いや~、そうですかぁ?」 酔いに任せてそんな軽口を叩いていたミクだったが。 突然、居住まいを正すと、その表情をきりりと引き締めた。 「あの、店長」 「ん?」 「この度は、ありがとうございました」 ミクはそう言って深々と頭を下げた。 「ちょ、なによ急に改まって」 「だって、店長のおかげですもん」 ミクはずっと握り締めていたトロフィーを二人の目の前にコトンと置く。 小さくて軽いそれには、店の名前とミクのフルネームがさらに小さい文字で刻まれている。でもそれは、ミクがずっと欲しくて欲しくてたまらなかったものなのだ。 心から愛しいもののように、彼女はじっとそれを見つめた。 「新しいお店のことで死ぬほど忙しかった時期なのに、あんなに一生懸命、私の練習に付き合ってくれて……店長がいなかったら、きっとこれ、獲れていないですから」 ミクの言う通り、コンテストの延期により、新店舗のオープンとそれが被ったのは事実だった。 だとしても、ミクがそれに懸けているのは何年も前から知っていたことだったし、彼女からのお願いを断るなんて頭は最初から無く。 タクヤはとりあえずグラスの中身をもう一口含むと、彼女の方へと振り向いた。 「いや、別にそこまで感謝されるほどのことはしてないよ。俺はただ、店長として付き合ったってだけで――」 そんなタクヤの言葉を、ミクはぶんぶんと首を振って遮った。 「今だから言いますけど……私、今回もダメだったら、もうこれに出るのはやめようって思ってたんです」 テーブルに置いた巨大なジョッキを両手で包みながら、ミクはぽつぽつと語り始めた。 「何度もチャレンジして、でも、結果がついてこなくて。どうして評価されないんだとか、自分はこのコンテストに合わない人間なんだとか、色々考えちゃったりして……そういう自分も嫌で、だから、今回で最後にしようって決めて臨んだんです」 ミクは前を向いたまま、ゆっくりと言葉を紡いでいく。 タクヤは黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。 「店長に指導をお願いした時、店長、びっくりしてましたよね?」 「ああ、うん。そりゃ……」 「ですよね。今まで、あんなに『放っておいてくれ』って感じだった人間が、急にそんなこと言ってきたら」 ミクは楽しそうにくすくすと笑った。 確かに、今までのミクはまさにそういう感じだった。練習したいから残らせてくれと頼むものの、一人で黙々とウィッグに向かうだけで、決してタクヤにアドバイスを求めることはなかった。 ……それが、ずっともどかしくはあったのだけれど。 「で、なんでそんな態度でいたかっていいますと……私、店長のことが好きなんです」 「…………ええっ!?」 「あっ、間違った。店長が、じゃなく……店長のスタイリングが、でした」 「あ、ああ、そっか……」 一瞬、どきりと跳ね上がった胸をほっと撫で下ろす。もし本当だったら色々と問題になりかねない話だった。 ……にしても、後の台詞だって嬉しい言葉には違いない。いやむしろ、美容師として、そして店長として、そちらの台詞の方が胸に響いた。 「……」 どことなくもぞもぞしているタクヤの様子に、ミクは呆れたように一つ息を吐いた。
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