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「ってことで、まずひとつめは……」
ミクはそう言うなり、ぐぐ……とジョッキを傾けていく。
一気に半分ほど空けた彼女は、タクヤの方をじとりとした目で見つめた。
「店長の指導は全然、楽なんかじゃなかったってことです……!」
その勢いのままジョッキをテーブルに叩き置いた音に、周りの視線が一気に集まる。
が、その原因が分かると、「何だミクかよ」とまたすぐに元の会話へと戻っていった。
「おいおい、飲み過ぎなんじゃないの?」
「何言ってんですか、こんなのまだまだですよ」
「ホントかな……」
「っていうか!」
ミクはずいっとタクヤへとにじり寄ると、下からじろりと睨み付ける。
「店長、マジで容赦なかったですもん」
「……そう?」
「そうやってとぼけますけどね……店長があんなにバリバリの体育会系だなんて思いませんでしたよ。もちろん、スパルタでお願いしますって頼んだのは私だけど……あんなこと言わなきゃよかったって後悔するレベルでしたから!」
「……」
(そこまで厳しくした覚えは無いんだけどな……?)
……なんて言えるはずもなく、タクヤはぐびぐびと喉を鳴らしてさらに酒を空けていく彼女を黙って眺めていた。
ミクはぷは、とあっという間にほとんど全て飲み終えると、「いや、それだけじゃないんです」と急に声のトーンを落とした。
「むしろ、こっちの方がメインですからね」
「ふーん?」
「それは……いくら自分が頑張ったって、絶対、店長みたいにはなれないってことです」
「……えっ」
どうせさっきと似たようなことだろうと高をくくっていたタクヤは、ぎょっとしてミクの方を見やる。
だが、彼女の横顔は意外にも穏やかなものだった。
「さっき私、言いましたよね、差別化したいって。でも……そんなこと言いながら、心のどこかでは、店長みたいになりたいって気持ちが捨てきれていなかったんだと思います……店長は、ずっと私の憧れでしたから」
「……」
「でも、こうして死ぬ気でやってみて……やっぱり、私は店長にはなれないって痛感しました」
「いや、それは……っ」
思わずそう否定しかかり、でも、どう言うのが正解なのか分からなくなる。言葉に詰まるタクヤに、ミクは首を横に振った。
「いいんです、店長。だって……私と店長は、違う人間なんですもん」
当たり前ですけどね、とミクは困ったように笑う。
「で、そういうところに『私らしさ』があるのかも、って、やっと吹っ切れたんです。そして……これが獲れた」
ミクは指先で二人の目の前に置いた小さなトロフィーをつん、と突く。金色のそれが、店の照明をきらりと反射させた。
彼女の視線が、再びタクヤへと向けられる。
「店長……改めて、本当にありがとうございました」
その笑顔は晴れやかで、誰よりも輝いて見えた。
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