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「あーバカバカバカ……っ」
タクヤはベンチの上でまたもや頭を抱えていた。
『タクヤさん』
何コールか後に出た先生の声。ずっと聞きたくて堪らなかった声だった。
『あ……っ、ど、どうしたんですか?』
「え……」
『今日は、祝勝会だって聞いていましたけど……』
だが、戸惑ったような彼の声を聞いた瞬間、タクヤの胸にどっと後悔の念が押し寄せる。だからといってここでブツリと電話を切るわけにもいかず、タクヤはヘラヘラと笑いながら手汗で滑るスマホを持ち直した。
「そう、そうなんだよ、祝勝会。いやー久々に皆と飲めて楽しかったよ!」
『そうですか』
電話口の彼の声は落ち着いていて、先生が今どんな気持ちでいるのか分からない。ただ、こうして電話に出てくれているのだから先生の『用事』は終わったのだろう。でも、それ以上のことを聞くのは躊躇われた。
「……」
自分から掛けたくせに、タクヤはこの後何を話したらいいか、分からなくなってしまった。
……と、その沈黙を破るように。
『祝勝会、終わったんですか』
「うん、さっきね」
『今、二次会などですか?』
「いや……それは遠慮した。若い奴らだけで楽しんだほうがいいかな、って」
明日が休みということもあり、ミクたちは意気揚々と次の店へと繰り出していった。ちなみに、あんなにバチバチに火花を散らし合っていたショウも仲良く混ざっているあたり、二つの店の関係は安泰そうだ。
ふとそんな彼らのことを考えていると。
『……タクヤさん、今、ご自宅ですか』
電話口の声が、少しだけ上ずる。
「えっ、いや……」
『じゃあ、今はどちらに』
「えっと……どっかの公園? ○○ビルの近くにある……」
タクヤはぐるりと辺りを見回す。公園といっても遊具も大してない、ビジネス街の一角に申し訳程度に作られたような緑化スペースみたいなものだった。
『あの……どなたかとご一緒だったり……』
「まさか! 誰もいないよ、俺だけ」
『……』
少しの沈黙。
それを破ったのは、やはり慧だった。
『そちらに行っても、いいですか』
「……っ」
ドクン、と心臓が脈打つ。
タクヤはとっさに胸元を握りしめた。
「……うん、待ってる」
「…………」
タクヤはぐったりとベンチの背もたれに身体を預けていた。
きっと先生は疲れている。彼の声を聞けば分かる。
確か先生は今夜、事務所で彼のお兄さんと会う予定だと言っていた。その理由をあえて尋ねることはしなかったが、おそらく先日、先生が言っていた件に関するやつだろう。
先生はそうして、彼の兄と、そして自分の中のコンプレックスと戦っていたのだ。疲れないはずがない。
それなのに……結局こうして、彼を誘導するようなことをしてしまった。
手から滑り落ちたスマホが、ゴトンとベンチに転がる。
タクヤは月の光を遮るように両手で顔を覆った。
「本当にバカだよ、俺は……」
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