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ビルの脇に車を停める。
人通りのほとんどない夜のビジネス街に、慧の革靴の音が鋭く反響する。
この角を曲がれば、おそらくそこにタクヤがいる。
走り出したいような、でも、そんな姿を見せるのは恥ずかしいような、そんな気持ちをせめぎ合わせているうちに、目の前にその公園が現れてしまった。
そして、視線のすぐ先に。
「……先生」
月の光に照らされたタクヤが、慧をまっすぐに見つめていた。
「タクヤさん……っ」
車止めの間をすり抜け、結局彼の元へと駆け寄ってしまう。冬の初めの冷たい空気を全身で感じ、そこでようやくコートを忘れてきたことを思い出した。
一方の彼は、緑色のモッズコートを羽織っていた。初めて見るその服は、久しぶりに見る彼の赤い髪にとても良く似合っていた。
「先生」
向かい合うようにタクヤの目の前に立ったのに、彼は何故か顔を伏せてしまう。さらにその声は、電話の向こうから聞こえてきたものとは全く違う色を帯びていた。
「先生、ごめん」
「えっ、どうしたんですか急に」
「だって先生……疲れていたでしょ」
「いや、……?」
どうしてそんな心配をするのだろうと少し記憶を遡る。
そして、その原因にすぐに行き当たった。
「ああ、もしかして兄のこと、ですか」
「……」
タクヤは無言で頷いた。
「今日、事務所で会うって……」
「はい、さっきまで話をしていました」
「そうなんだ。で……」
彼はそう言いかけて言葉を切る。
「いや、ごめん何でも――」
「片付きましたよ」
「……えっ?」
タクヤが顔を上げる。その目は大きく見開かれていた。
「片付いた、っていうのは、どういう……」
どこか不安げに、たどたどしく尋ねてくるタクヤ。それは、彼が誰よりも慧のことを知っているからだ。
慧は彼の大きな目を覗き込むように見つめた。
「自分の気持ちを、全て伝えたつもりです」
「……そっか」
長い前髪から覗く、タクヤの目。それがふわりと優しく細められる。
それを見た瞬間――慧は彼の肩を掴むと、自分の方へと抱き寄せていた。
「……ッ、ちょ、先生……!」
「……」
久々に感じる、タクヤの身体。タクヤの匂い。若干、居酒屋の雑多な匂いが混ざっていたが、それでも構わず目一杯吸い込んだ。
「はぁ……」
「……ッ!」
タクヤの首筋に向かって深く息を吐いてしまい、腕の中の身体が僅かに震える。
「先生、ここ、外ですよ!?」
タクヤはきょろきょろとしきりに周りを気にしている。
「誰が見てるか分からないのに……」
「誰も見ていませんよ」
「そんなの分からないじゃないですか、あっ、ちょ……っ!」
その言葉を無視して、慧がさらに腕に力を籠める。
タクヤはしばらくは抵抗を続けていたが……その通り離す気配のまるで見えない慧に諦めたらしい。
スッと体の力を抜くと、しぶしぶと慧の背中に両腕を回したのだった。
「ほんとバカですよね、先生も……」
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