Leave it to you!

289/305

428人が本棚に入れています
本棚に追加
/305ページ
ビルの脇に車を停める。 人通りのほとんどない夜のビジネス街に、慧の革靴の音が鋭く反響する。 この角を曲がれば、おそらくそこにタクヤがいる。 走り出したいような、でも、そんな姿を見せるのは恥ずかしいような、そんな気持ちをせめぎ合わせているうちに、目の前にその公園が現れてしまった。 そして、視線のすぐ先に。 「……先生」 月の光に照らされたタクヤが、慧をまっすぐに見つめていた。 「タクヤさん……っ」 車止めの間をすり抜け、結局彼の元へと駆け寄ってしまう。冬の初めの冷たい空気を全身で感じ、そこでようやくコートを忘れてきたことを思い出した。 一方の彼は、緑色のモッズコートを羽織っていた。初めて見るその服は、久しぶりに見る彼の赤い髪にとても良く似合っていた。 「先生」 向かい合うようにタクヤの目の前に立ったのに、彼は何故か顔を伏せてしまう。さらにその声は、電話の向こうから聞こえてきたものとは全く違う色を帯びていた。 「先生、ごめん」 「えっ、どうしたんですか急に」 「だって先生……疲れていたでしょ」 「いや、……?」 どうしてそんな心配をするのだろうと少し記憶を遡る。 そして、その原因にすぐに行き当たった。 「ああ、もしかして兄のこと、ですか」 「……」 タクヤは無言で頷いた。 「今日、事務所で会うって……」 「はい、さっきまで話をしていました」 「そうなんだ。で……」 彼はそう言いかけて言葉を切る。 「いや、ごめん何でも――」 「片付きましたよ」 「……えっ?」 タクヤが顔を上げる。その目は大きく見開かれていた。 「片付いた、っていうのは、どういう……」 どこか不安げに、たどたどしく尋ねてくるタクヤ。それは、彼が誰よりも慧のことを知っているからだ。 慧は彼の大きな目を覗き込むように見つめた。 「自分の気持ちを、全て伝えたつもりです」 「……そっか」 長い前髪から覗く、タクヤの目。それがふわりと優しく細められる。 それを見た瞬間――慧は彼の肩を掴むと、自分の方へと抱き寄せていた。 「……ッ、ちょ、先生……!」 「……」 久々に感じる、タクヤの身体。タクヤの匂い。若干、居酒屋の雑多な匂いが混ざっていたが、それでも構わず目一杯吸い込んだ。 「はぁ……」 「……ッ!」 タクヤの首筋に向かって深く息を吐いてしまい、腕の中の身体が僅かに震える。 「先生、ここ、外ですよ!?」 タクヤはきょろきょろとしきりに周りを気にしている。 「誰が見てるか分からないのに……」 「誰も見ていませんよ」 「そんなの分からないじゃないですか、あっ、ちょ……っ!」 その言葉を無視して、慧がさらに腕に力を籠める。 タクヤはしばらくは抵抗を続けていたが……その通り離す気配のまるで見えない慧に諦めたらしい。 スッと体の力を抜くと、しぶしぶと慧の背中に両腕を回したのだった。 「ほんとバカですよね、先生も……」
/305ページ

最初のコメントを投稿しよう!

428人が本棚に入れています
本棚に追加