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来た道を戻る間、二人はずっと手を繋いでいた。
ここなら安全です、と路駐したところまで戻ってくる。先生の言う通り、彼の愛車は無事に二人の帰りを待っていた。
「お付き合い頂き、ありがとうございました」
「いや、こっちこそ。夜の海なんて、来たことなかったからさ」
シートベルトを締めながら微笑みかけるタクヤに、慧もつられて笑顔になる。
「それじゃあ、帰りましょうか」
深夜の高速道路。
通り過ぎていく幾台ものトラックと、ラジオから流れる、どこかで聞いたことのある洋楽。
「……」
「……」
こういう沈黙も慣れたものではあったが。
ただ、こうなる理由が分かっているだけに、その妙な緊張感で、お互い何も言えなくなってしまっていた。
……が、それを破ったのはやはり慧の方だった。
「あっ、あの」
「……はい」
「タクヤさんは、この後――」
「先生!」
その勢いに、慧は「ど、どうしたんですか」と顔を引きつらせ、一瞬助手席に視線を向ける。
だが、当のタクヤは俯くだけで何も言おうとはしない。
「タクヤさん……?」
「……」
何か考えているらしいタクヤは、しばらくそうして口を閉ざしていたが。
とある高速のインター手前で、もう一度改めて「先生」と口にした。
「ここで、降りましょう」
「えっ、ここで……ですか?」
二人の住む街からは、まだかなり離れている。
「どうかしましたか?」
トイレにでも行きたいのだろうか。もしくは具合が悪くなったのだろうか。
そういえば彼はさっきまで祝勝会の席にいたのだ。いくら酒に強い彼とはいえ、このドライブは厳しかったのかもしれない。
慧は心配そうにタクヤを見たが。
「いや、……」
それ以上、何も言わないタクヤ。ただし、何か意図はあるのは間違いなさそうで。
とりあえず、彼の指示に従ってウインカーを出した。
「次の信号を、右で」
「そのまま、道なりに」
「次の角を左で」
日曜日の夜ということもあり、一般道はさっきの高速道路よりさらに車通りは少ない。
彼のナビに従い、何となく覚えのあるような道をいくつか過ぎていく。
そして、辿り着いた先は――
「ここ、は……」
目の前に聳える、眩しいぐらいにライトアップされた建物。
あの土砂降りと緊張感の中で、外観をそうまじまじと見る余裕は無かったが……そこはあの日、初めてタクヤと一夜を共にしたホテルに間違いなかった。
「俺にも、付き合ってもらっていいですよね?」
ようやくこちらを向いたタクヤは、さっきの慧と同じように、にっと得意げに笑って見せたのだった。
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