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ピピピ、ピピピ、ピピピ……
無機質な電子音がけたたましく響く。
「「……!!」」
完全にその気になっていた二人は、共にびくんと身体を震わせる。そして先生は弾かれたようにテーブルの方へと走っていき……そして、静かになったスマホを手に戻ってきた。
「アラームですか?」
「はい、切り忘れていて……すみません」
「っていうか、今、何時――」
慧が手に持ったそれを確認するより早く、タクヤはヘッドボードのスマホを手繰り寄せる。
少し眩しいそれに目を細めつつ画面を見て、タクヤは「えっ」と小さく声を上げた。
「先生、今まだ五時じゃないですか!」
「あ、はい……」
「いや、何か文句があるとかじゃないんですけど。ただ、ずいぶん早起きなんだなあって」
「……」
「だって、先生の事務所って確か十時オープンでしたよね?」
実際、今までも日曜夜に彼のマンションに泊まったことはあったが、タクヤを送りながら事務所に向かうのはいつも九時前で、そんなに早起きしないと間に合わないという感じでもなかった。
そんな純粋な疑問に、しかし慧はちょっとだけきまり悪そうな顔をする。
そして、ぼそぼそとこう呟いた。
「……癖になっているんです」
「癖?」
「はい。中学の頃からのもので……」
「へぇ、勉強とかしてたんですか?」
「いえ、勉強ではなく……その、素振りを」
「素振り? っていうのは剣道の、ですよね?」
「はい。といっても今はそこまでやってはいないんですけどね。でも、すっかりそういう身体になってしまった、といいますか……」
先生はタクヤから目を逸らし、白い頬を赤らめている。
実際、アラームのなる前に目を覚まし、シャワーまで浴びているぐらいだ。彼の言う通り、そのリズムが骨の髄までしみ込んでいるのだろう。流石大学まで剣道を続けてきた人だなぁと感心してしまうのだが、慧にとってはあまり知られたくないことだったようだ。
「いや、普通にすごいと思いますけどね」
「いや……」
「だって俺なんて、九時出勤で起きるの八時とかですよ?」
「それは……ある意味すごいですね」
「ですよね?」
二人でくすくすと笑い合う。
さっきまでのそういう雰囲気は消えてしまったが……窓のない暗いホテルなのに、ほわりとそこだけ明るくなったような感じがした。
「ああでも昔、めちゃくちゃ早起きしていた時期もあったな」
慧を自らの横へと呼び寄せながら、タクヤは懐かしむようにそう呟いた。
「あの時は確か、三時には家を出てたような」
「三時ですか!? またそれはどうして……」
「ああ、バイトですよ、新聞配達の。うちの学校、制限厳しくって。新聞配達とかぐらいしか選択肢無かったんです」
その当時は毎日目覚まし時計とバトルしながら、何とか販売所に駆け込む日々だった。高校一年までは部活もしていた訳で、よくやっていたなと我ながら思う。
慧はそんな話を、じっとタクヤを見つめながらいつものように真剣に聞いていた。
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