Leave it to you!

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「でも、結局一年持たなかったんですよね、朝キツすぎて。で、内緒で夜のバイトをしたりしてね」 「夜のバイト……?」 「変な意味じゃないですよ? 居酒屋です、居酒屋」 朝の新聞配達よりはタクヤの身体にも性格にも合っていた居酒屋のバイト。 ……一方でそこは、タクヤの逃げ場所の一つでもあった。 何度止めてもやめられなかった酒を飲んで、癇癪を起こす母。そんな彼女から数時間だけでも離れられるのは間違いなく救いだった。 でも、そうしてタクヤがバイトに明け暮れるうち、母の体調は徐々に悪化し……そして、彼女を死に至らしめた病気が発覚した時、タクヤは激しく後悔した。 いくら怒鳴り散らされ殴られようとも、もっと必死に母を止めるべきだったんじゃないか――そんな思いは、今でもこうして何かをきっかけに蘇っては、タクヤを苦しませる。 「……」 自分でその話題を出しておきながら、何も言えなくなってしまったタクヤだったが。 「やっぱり……タクヤさんは、すごいです」 低く穏やかな声が、つむじの方から降ってくる。 顔を上げると、慧が優しく微笑んでいた。 「学生の頃から、しっかり自立しようとしていたんですよね。僕とは大違いだ」 「いや、先生だって頑張っていたじゃないですか。剣道に、勉強にって」 「いえ、僕は、頑張っていた、というか……現実と向き合うことから、逃げていただけですよ」 「……」 「あ、すみません。慰めてほしいとか、そういうわけではないですから」 慧は眉を下げて笑う。 そして、タクヤの背中に片腕を回すと、自分の胸に引き寄せるように抱き締めた。 「今になって思うんです。あの時は、そうするしかなかったんだよな、と」 先生の手が、柔らかく背中をさする。 それだけで、いつの間にか強張っていた身体の力がほどけていく。 「そして、たとえそれが『逃げ』だとしても、自分なりに精一杯、頑張っていたんだろうなって……そうしてやっと許せるようになってきたんです。……タクヤさんのお陰で」 と、額に感じる、柔らかい感触。 「先生……」 「…………」 先生はタクヤを胸にきつく閉じ込めている。 その顔は、きっと真っ赤に染まっていることだろう。 「先生」 「……はい」 「あの……ちょっと苦しいです」 「あっ! すみません!」 慧は慌てて腕の力を抜く。 タクヤは解放された右腕を彼の肩へと回すと、さっきのようにぐっと引き寄せる。 そして……今度こそ、その唇にキスをした。 先生の熱い唇と、熱い舌。 がっつくようなそれとは全然違う、お互いの体温を混ぜ合うようなキスだった。 それと同時に、大きな手のひらが、先生の着せてくれたパジャマの下から入り込んでくる。 キスの合間に漏れる声は次第に甘く、高くなってしまう。自分が感じているのを知らしめるその声はやっぱり恥ずかしいが、でも、抑えることはしなかった。 (いつか、俺も……そう思える日が来るといいな) あの頃の自分を許せる、そんな日が。 「タクヤさん」 「……慧さん」 吐息の合間に名前を呼び合いながら、二人は再び、互いの身体に深く溺れていったのだった。
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