Leave it to you!

297/305

428人が本棚に入れています
本棚に追加
/305ページ
「先生っ、何ですかこのうなぎは……!」 美晴はそんな感極まった声を上げて、目の前でつやつやとした輝きを放つうなぎの蒲焼を美味しそうに頬張った。 月に一度、皆でランチを(経費で)食べる「あさじま会」。 いつもならどこかしらのお店へと三人で繰り出すところだが、美晴がひどい花粉症持ちのため、今日は出前を取って事務所内でのんびりと楽しむことにしたのだった。 「たまにはいいですね、こういうのも」 奈穂子も気に入ってくれたらしく、にこにこと上機嫌そうだ。 今年小学校に入学する娘さんにとうとう反抗期が来て、最近は疲れた顔をしていることが多かった彼女のそんな嬉しそうな表情に、慧も少しほっとした気分になる。 「そうですね」 外は風が強いが良く晴れている。 桜の蕾も膨らみ、いよいよ春が訪れようとしていた。 『今度、夜桜を見に行くのもいいですね』 この前の日曜の夜、ベッドで微笑んだタクヤのことを思い出し、慧はほんのわずかに口元を綻ばせてしまった。 それなのに。 「あー! 今先生、タクヤさんのこと思い出しましたよね!?」 信じられない目ざとさの美晴に突っ込まれ、慧は慌てて彼女から目を逸らす。 ただ、もうその時点で肯定しているのと変わらないわけで。 「あーあ、先生は良いですね、幸せそうで」 美晴が深くため息を吐く。 彼女がなる理由を知っているだけに、慧は触らぬ神に祟りなしとばかりに口を噤んだ。 「それにしても、先生とタクヤさん、もう結構長いお付き合いになりましたよね?」 「あ、いや……、まぁ……」 「何ですか先生、その言い方。二年は普通に長いですよ」 「……ですかね」 (いや、実際はまだ一年半程度だけど……) わざわざそう訂正するのも今の美晴には危険そうで、慧は適当にそう返した。 あの雪の日にタクヤと出会い、そしてとうとう『本当』の恋人同士になり……二人で二度、冬を越した。 一昨年の秋にオープンしたタクヤの二号店は順調とのことで、喜ばしい反面、会える時間はさらに減ってしまったが、それでも二人の関係もまた途切れることなく穏やかに続いていた。 ふと手元に視線を落とす。 左手の薬指に光る、銀色の指輪。 『これにしませんか』 半年ほど前、彼の誕生日にタクヤと一緒に選んだその指輪は、所謂ペアリングというものだった。 数日後、出来上がったものを受け取りに行った帰り、慧は仕事終わりの彼を乗せ、「例の場所」へと車を走らせた。 少し肌寒い、夜の海。天高く輝く満月。 想定以上にお誂え向きのそのシチュエーションに、タクヤは最初こそ「クサいなぁ~」とくすくすと肩を震わせていたのだが。 「タクヤさん」 「……はい」 静かな波の音だけが聞こえる中、タクヤと向かい合う。 その左手をそっと持ち上げる頃には、彼もまっすぐに慧を見つめ返してくれていた。 ……ちなみに、その後あのホテルに向かうことになったのは慧の計画の内では無かったと誓わせてほしい。
/305ページ

最初のコメントを投稿しよう!

428人が本棚に入れています
本棚に追加