Leave it to you!

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図らずも助け舟を出してくれたチャイムの主は、一階の理容院の店主だった。 「先生、いつも突然悪いね」 「いえいえお気になさらず、むしろありがたいぐらいで……」 「はい?」 「あっ、いえ、ところでどうかしましたか?」 ここで話すのも何なのでと中へと勧めるのを、彼は緩く首を振って断る。 そして、すぐ終わる話だからと言うと、こう続けたのだった。 「実はねぇ……お店、閉めることにしたんだよ」 「えっ!?」 全く予期せぬ言葉に、慧は美晴ばりの悲鳴を上げてしまった。 一昨年、開店二十周年の記念品を持ってここを訪れてくれた時のことを思い出す。……ちなみにちょうどその時は、タクヤと口づけを交わしていた真っ最中だったのだが。 つい半月前にもお世話になったばかりで、その時はいつもとなんら変わりのないように見えたが―― 「それは……」 どうして、と尋ねるより先に。 彼は少し恥ずかしそうに、もう一度「実はね」と切り出した。 「ウチの息子も理容師やっているんだけどね。あいつ、昔っから俺と一緒に店やりたいって言っててさ。まぁ、話半分に聞いていたんだけど……それがとうとう今度、独立するから一緒にやろうって声掛けられちゃってね」 「それは素敵な息子さんですね……」 「いや、ただの馬鹿息子だよ」 そう言って彼はかかか、と笑った。 「もちろん、最初は迷ったよ。あいつが店を出すのはここじゃないし、先生みたいに長く通ってくれた常連さんもいたにはいたしね。でも、上手くいくにせよいかないにせよ、一度くらいはあいつの夢を叶えてやるのも悪くないかもなって思ったんだよ。……あと、色々と店の設備が痛んできていてね、そろそろ大規模にリフォームしなきゃならないってのもあったけどね」 「先生、床屋さんですよね、今来てた人って。何かあったんですか?」 慧が事務室へと戻ると、すっかり落ち着いたらしい美晴がそれぞれの机を拭いている所だった。 ちらりと奈穂子を見やると、彼女は三人分の重箱をまとめながら慧へと軽く眉を上げてみせる。一時はどうなることかと心配したが……後で彼女にケーキでも奢らないとなと思いながら、慧は彼から聞いたことを二人に伝えた。 「うわぁ、めちゃくちゃ良い話じゃないですか……!」 「素敵な息子さんですねぇ」 目を潤ませる美晴と、慧と同じ感想を口にする奈穂子。 最後のリフォーム云々の話は言わないでおいて良かったと思いながら、慧はこの後の打ち合わせに向けての準備を始めようとしたのだが。 「でも、そうなると先生は困りますよねぇ」 「何がです?」 「だって、これから髪、どこで切るんです……あっ!!」 美晴は勢いよく慧へと振り向くと、ぱあっと弾ける笑顔を浮かべた。 「そうですよ、先生!」 「……何ですか」 目を見開いたまま、こちらへと近付いてくる美晴。 奈穂子の方をまたちらりと見やったが、彼女はすました顔で――いや、若干その口元がにやけているように見えなくもないが――郵便物の仕分けをしている。 そうしているうちに、美晴が目の前まで辿り着く。 その瞳はこれ以上ないほど爛々と輝いていた。 「いるじゃないですか先生……まさに適任の方が!」
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