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「いらっしゃいませ~!!」
店のドアを開けた瞬間から飛んできた威勢の良い声に、慧は思わず身体を仰け反らせる。
既に二度ほどお邪魔したことのある彼の店。木材を生かした落ち着いたイメージだと思っていたそこは、差し込む陽の光の中で見るとまた印象が違って見えた。
並んでいる色とりどりのヘアケア製品しかり、お洒落という言葉を人の形にしたようなスタッフしかり……どこからどう見ても自分が場違にしか思えなかった。
そうして呆然と突っ立っている慧へ、たた、と一際派手な女性が走り寄ってくる。
「あの、ええと……」
「一時のご予約の、アサジマ様ですね!」
「あ、はい、そうです」
「ご案内いたしまーす!」
以前のタクヤのような真っ赤な髪の彼女に連れられ、一番奥の座席へと座らされる。
鏡の中に映る自分の陰気な顔。慧は見ていられず視線を落とそうとしたが、「すみません、腕だけよろしいですか~?」という彼女の声に、慌てて薄いクロスに手を差し入れた。
「担当の者が参りますので、もう少々お待ちくださいね~!」
アシスタントというには既にベテラン感漂う、どこか美晴を彷彿とさせる大きな目が特徴的な彼女は、そう言い残して軽やかに立ち去っていった。
「……」
誰かに見られたら困るということもないが、慧はひっそりと深呼吸をする。それで多少は人心地がつき、鏡越しに店の中の様子を確認する余裕が出来た。
店は盛況なようで、楽しげな話し声があちらこちらから聞こえてくる。
お客さんも様々な年齢層で、一人だが男性の客もいて少しホッとした。
目の前に置かれた数冊の雑誌は見慣れた下世話な週刊誌などではなく、スタイリッシュなファッションに身を包んだ男性がポーズを決めているものばかりだった。
ただただボーっとしているのも気まずく、その中の一冊、美晴に以前(無理矢理)見せられた『推し』だという俳優が表紙を飾っているそれに手を伸ばそうとしたところで。
「失礼します」
その声にハッと顔を上げる。
慧の背後に映っていたのは、本日の慧の担当――タクヤの姿だった。
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